青山学院大学 AGU NEWS Vol.1
AGUニューズ 創刊号[3~4月号]
青山学院大学・広報入試センター広報課
〒150-8366 東京都渋谷区渋谷4-4-25 TEL.03-3409-8111(代表)




●新学長が語る大学改革への抱負
●新大学執行部紹介
●学部長、卒業生メッセージ
●理工学部・学科改組


●125年の輝かしい歴史を
   ふりかえって

●青山学院大学50周年行事
●ガウチャー・メモリアル・ホール


●2000年度
   一般入学試験志願者数

●青山学院大学教育ローン
●教職免許法改正
●情報科学研究センター
   機種変更について

●1999年度
   就職活動を振り返って

●1999年度資格試験合格者
●校友会・校友部


●2000年度公開講座





青山学院大学の週間HOTニュース

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 皆さんの目には青山学院はどんなふうに映っているのでしょうか。私の青山キャンパスの研究室はロータリーの真正面にある間島記念館の一階の一角にあります。その窓から、周辺の様子を度々眺めます。季節の移り変わりはよく目につきます。樹木の葉や花の色合いの変化に、ときの流れを感じ取ります。最近、一年があっという間に過ぎてしまうという感じがするようにもなりました。そして、年度末が近くなると教職員の足が早くなったり、期末試験の季節になると学生の足も普段より図書館へ向かって行くことが多くなっていくのがみえます。しかし、毎朝の大学チャペルの時間となると、どういうわけかその周りには人の姿が少なくなります。今の大学チャペルは、去年の夏から来年の新しいチャペルビルが出来るまでの間、元神学部の礼拝堂(現本部礼拝堂)で行われています。チャペルの中へ入って礼拝の時間になっても、精々十数名の学生や教職員しか集まってこない。この学院が125年前に創立した当時の数としてみれば悪くはないかもしれない。しかし、現在の2万人以上の大学としては、ちょっと寂しい数のような気がします。


 研究室の窓から、又、学院の創立及び発展に貢献した宣教師や牧師たちの記念碑が並んでいるのが見えます。その中に1873年にメソジスト教会から最初に日本に派遣された二人の宣教師がいます。そして間島記念館の横に立っている青山学院日本人初代院長・日本メソジスト教会初代監督の本多庸一の銅像が彼らに向かって眺めています。彼らは、今の青山学院の現状をどういうふうに語り合っているのでしょうか。私たちも彼らに対してどのように報告できるでしょうか。そして、創立以来、青山学院のために派遣された200人以上の宣教師たちと長年犠牲的に献金を贈ってきた大勢の海外教会員たちもどんなふうに私たちをみているのでしょうか。遠い日本の国に対してどういう思いと期待があっただろうか。

[日本文化との出会い]

 42年前、来日したばかりの私は、ある質問をよく聞きました。「何故はるばるアメリカから日本までやってきたのか」と。確かに、今日の飛行機の数時間に比べて、当時の三週間ほどの貨物船の旅は長かった。その隔たりは、時間的なものだけではなく、文化的風土の相違も著しかった。自分か育ち身に付いた文化は、遠く離れてもその価値観等は一生ついて行きます。その上、異文化を完全に身に付けるには、一生かけても不可能に近い。しかし、その国、その文化の一人ひとりを心から愛することによって、その様々な相違の中には段々とその多様な豊かさが見えてくる。

 日本に来てからこの文化を理解しようとする気持ちが益々強くなってきました。しかしながら、正直にいうと日本に来るとは夢にも思わず、当時メソジスト教会関係のヨーロッパの難民キャンプ救済活動に志願したものの、突然任地が地球反対側の日本に決まりました。この青山学院大学における私の仕事場にしても、自分が選んだところでもなく、三年前に突然頼まれて与えられた務めです。何を教えるか、何をするのか、いまだに戸惑いを感じるほどです。ただ毎日の出会いにおいて、教室や研究室の中の学生との出会い、各会議や事務所における教職員との出会いを通して真剣に学び合うことが非常に楽しいです。その中にあって、今まで日本の文化に関する研究、特に日本の音楽及び宗教の課題が深められる機会が与えられたことを深く感謝しています。
 おそらく、この感謝の気持ちが各々の宣教師に通ずるものと思います。私たち「宣教師」と言われている人にしても、どんなに「知識」があっても、どんなに素晴らしい「信仰」があっても、どんなに一所懸命に人のために「奉仕」を尽くしても、「愛がなければ、わたしは騒がしい‘どら’、やかましいシンバル、私に何の益もない、無に等しい。」『コリントの信徒への第一の手紙13章』

 この言葉を書いたパウロは、ほぼ2000年前のキリスト教の最初の宣教師でした。彼は、当時の知識人の中の知識人であったにも関わらず、同じ手紙の8章には、次のことを記しました。「知識は人を高ぶらせるが、愛は人を造り上げる。」  この“missionary spirit”は、私たち宣教師だけの精神ではありません。
 これは、青山学院の建学の精神でもあります。だからこそ、青山学院大学も、“mission”系の教育機関である以上、その愛に基づいている教育を行う“missionschool”であるべきです。この“mission”の志しを共にした大勢の日本人の協力者も、学院の125年の歴史を通して、今も一貫してイエスとの出会いにおいて与えられた「愛の精神」を大事に活かして伝えられました。
 元青山学院院長阿部義宗の『遺稿集』による「ダイヤモンドには、それを入れる立派な箱も、また包装紙も、そしてまたきれいなリボンも必要でありましょう。しかしながら、ダイヤモンドの値打ちは、箱の中にサンとして輝くところのダイヤモンドであります。」という表現には、大切な教えがあります。青山学院大学の本当の値打ちは、栄光に満ちた過去にも、将来の立派な建物や設備にもありません。不可欠なのは、私たちが愛に基づく思いやりの心を養うことです。そして、AGUから学生が社会と世界に出かけて行くところには、その「愛の輝き」があれば、そこには青山学院の建学の精神である“mission spirit”が生き続けられるのです。
 AGUにおけるすべての教育、すべての知識が、他者のために活かされるものであれば、私たちの勉強と研究はこの世を照らす「愛の輝き」に変わっていきます。

This is the Aoyama Spirit.
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FOR OTHERS !



1936年カンザス州生まれ、1958年エンポリア・カンザス州立大学卒業、1958年~1962年メソジスト教会短期宣教師(名古屋学院等)、1967年ミシガン大学大学院卒業(日本学)、1968年~現在まで合同メソジスト教会宣教師《AVACO芸術担当、日本キリスト教団広報担当、本多記念教会担任教師等を経て、1997年以降現職。

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