世田谷航空写真
世田谷キャンパス全景



実行委員長  井出英人 (理工学部電気電子工学科教授)

 誰もが未体験の学部全体の移転という大事業の中で、果たして「お別れ会」ができるだろうか……実行委員会で、まず検討課題となったのはそのことでした。しかし同窓会が情報を聞きつけ、協力を申し出てくれました。また、大学執行部のバックアップもあり、2002年9月にはなんとか開催概要をまとめることができたのです。そして、理工学部卒業・修了生全員に、お知らせと参加希望を送付したところ、なんと約1500名もの方々が参加されました。
 12月7日(土)当日は、朝から雨になってしまいましたが、卒業・修了生から「理工学部・大学院を巣立って良かった」「相模原キャンパスでもさらなる発展を」との言葉をいただき、私は思わず胸がジーンとしたものです。記念式典は、第一部礼拝、第二部お別れ会の二部構成で行われ、第二部では、鮫島名誉教授、隆教授、坂元助教授より記念メッセージがありました。式典後の懇親会会場は立錐の余地も無いほどで、ゆっくりとした食事はできませんでした。OBによるライブコンサートも開催され、多くの人達が素晴らしいジャズ演奏を堪能しておりました。また1000枚の37年間の『思い出』の写真が8号館に飾られ、自分の顔の出ている写真に喜んで、友人と語り合っておりました。参加者全員が世田谷キャンパスとの別れを惜しみながらも、楽しい1日を過ごすことができました。





公開委員長  天坂格郎 (理工学部経営システム工学科教授)

 2002年10月12日(土)、37年間の感謝を込めて、世田谷キャンパス最後の「りこうがくぶ公開」が開催されました。当日は絶好の快晴日で、地域の小学生を含む来場者は約400名。あちらこちらで歓声をあげる児童、得意げに研究成果を紹介する学生と真摯に質問を投げかける保護者の方々、そして児童引率学生たちの奮闘ぶりなどが今でも目に浮かびます。
 今回のキャンパス公開も先端技術研究開発センターや各学科・研究室の企画で見所は盛りだくさん。その中でも液体窒素自動車やソーラーカーが登場する屋外でのデモショー、研究室での「でんぱをみちゃおう」「魚ロボットの水中移動」「僕のからだをしらべてみよう」といったデモショーは、来場した子どもたちから大人気でした。
 夕刻には渡邊公夫筑波大教授の特別講演、また父母懇談会が行われ、それぞれ大盛況のうちに終えることができました。この「りこうがくぶ公開」の成果と勢いを、相模原キャンパスでの教育研究にも、ぜひ生かしていきたい……そう思わせてくれた素晴らしい1日でした。





山本舜一
理工学部電気電子工学科(第1期生)1969年卒業
 山本舜一 (現:ソニー株式会社勤務)

 世田谷キャンパスは自宅から近かったので建設中から眺めていました。ところが2月になっても、3月になっても研究棟ビルは完成する様子がない……なんと、開学時までに完成する予定だったのは講義棟だけだったのです――友人達はわが家をキャンパスの延長として利用し、私自身はキャンパスを自宅の延長としてとらえていたようです。そんなわけで、世田谷キャンパスがなくなるのはとても寂しくはありますが、相模原キャンパスの「文理融合」というコンセプトには大いに期待しています。

フィンランドのヘルシンキ駅にて

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