青山学院大学 AGU NEWS Vol.16
AGUニューズ[2003年3月~4月号]
青山学院大学・広報入試センター広報課
〒150-8366 東京都渋谷区渋谷4-4-25 TEL.03-3409-8111(代表)



特集
●卒業される皆さんへ
 半田学長よりメッセージ

●青学生の活躍が
 キャンパスを超えた!


TOPICS
●相模原キャンパス
 開学直前WATCHING!


報告・お知らせ
●新規交換留学協定校について
●国際マネジメント研究科
 定員変更申請が認可

●新役職員紹介
●アドバイザー・グループ
 登録のご案内

●体育会創設50周年
 記念式典行われる

●Club & Circle Information

誌上公開講座
●幼児の心の教育

INFORMATION
●卒業後も続く青山学院との絆
●2003年度公開講座
●2003年度
 オープンキャンパス等開催日程

●2003年度一般入学試験出願者数
●News Index
●歴代院長とその時代2
 本多庸一


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インフォメーション

歴代院長とその時代
本多庸一
第2代院長
(1890~1907年在任)

 弘前に生まれた本多は弘前公会(後の弘前メソジスト教会)を創立し、青森県議会議員・議長を歴任。米国遊学の際、列車禍を奇跡的に逸れたことを機に教育と宗教に生涯を捧げることを決意し、米国ドルー神学校に学びました。1890(明治23)年に帰国後、東京英和学校校長に就任しましたが、この前後から国粋主義が台頭し、キリスト教学校に対する風当たりが強まりました。そのような状況に加え、東京英和学校自体の教育内容も複雑になり、必ずしも英和の名に適さなくなったことから、1894(明治27)年、青山の地名をとって「青山学院」と改称しました。本多は在任中、帝国憲法・教育勅語の発布による国家主義陣営の攻撃に対して、キリスト教学校代表の中心として護教の論陣を張りました。特に1899(明治32)年、文部省訓令第12号(官公立学校と同じく私立学校における宗教上の教育と儀式を禁じたもの)公布に際しては政府と忍耐強く折衝し、数年の後、実質的に権利を回復しました。
青山学院福音伝道隊1901(明治34)年
青山学院福音伝道隊1901(明治34)年
1894(明治27)年頃の青山キャンパス
1894(明治27)年頃の青山キャンパス

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