青山学院大学 AGU NEWS Vol.1
AGUニューズ[5~6月号]
青山学院大学・広報入試センター広報課
〒150-8366 東京都渋谷区渋谷4-4-25 TEL.03-3409-8111(代表)




●相模原市淵野辺に
 新キャンパス校地購入

●新入生へのメッセージ
●2000年度一般入学試験
 ・合格結果

●2000年度一般入学試験
 ・合格者出身別高校名
  ランキング100



●2001年度
 開設予定の学科等(計画)

●1999年度学生表彰
●1999年度体育会優秀団体
 選手表彰祝賀会



●2000年度新任専任教員一覧
●2000年度新役職員紹介
●就職活動支援システム
●図書館検索システム
●各研究センター
 研究成果発表状況

●AMLプロジェクトから
 AML2プロジェクトへの飛躍

●経済情報メディアセンター
 活動報告

●文学部
 異キャンパス履修について

●教職免許法改正による
 免許取得について

●青山学院大学教育ローン
 順調にスタート

●1999年度公認会計士試験
 司法試験合格者を囲む会

●1999年度学位記授与式


●英語は世界語


●2000年度地区父母懇談会
 開催日程のお知らせ

●前期青山学院大学公開講座
●オープンキャンパス開催日程
●進学相談会について
●大学マスコット名称決定
●シリーズ大学探訪1
 ジョン・ウェスレー像






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 英語は世界で最も広範囲に使われ、最も有効な国際共通語といえます。一説によると、英語の話し手は20億人にもおよびます。このうち、英語を「母語」とする人々は3億人、「公用語」とする人々は10億人、さらに「外国語」「国際語」とする人々は7億人にもなります。世界の人口が60億人として、3人に1人が程度の差こそあれ英語を使っている勘定になります。
 すなわち、日本人の観点からいうと、英語は英米人とだけ話すことばではなく、フランス人ともイタリア人とも、中国人とも韓国人とも、アラブ人ともトルコ人とも、アフリカの人とも南米の人とも交流するのに有効なことばなのです。英語が国際言語になったということは、英語が多国間コミュニケ-ションの道具になったということなのです。
 そうはいっても、世界中の人々がまったく同じ英語を話しているわけではありません。せっかちな人は英語が国際言語になったと聞くと、アメリカやイギリスの英語がそのまま世界に広がった、だから自分もバスに乗り遅れてはならないと感じるかもしれません。しかし、現実はそうではありません。

 英語は多様な言語なのです。英語を母語とするアメリカ人、イギリス人、カナダ人、オ-ストラリア人がみなそれぞれ独特の英語を話しているように、英語を母語としないアジアの人、アフリカの人、ヨ-ロッパの人、南米の人もそれぞれ特徴のある英語を使っているのです。
 そこで、英語が国際化したということは、アメリカ人やイギリス人などのネイティブ・スピ-カ-の英語がそのままのかたちで世界中に広がったということではありません。むしろ、ノンネイティブ・スピ-カ-がそれぞれの歴史的、社会的、文化的必然性に合わせて、いろいろな形で英語を使うようになった姿を指しているといえるでしょう。
 だから、アジアを例にとると、インド人はインド人らしい「インド英語」、シンガポ-ル人はシンガポ-ル人らしい「シンガポ-ル英語」、フィリピン人はフィリピン人らしい「フィリピン英語」を、それぞれ話すようになります。もちろん、中国人、タイ人、インドネシア人、ベトナム人、そして日本人の英語にも、それぞれ独特の構造的特徴がみられます。
 むしろ、英語は多様であるからこそ、共通語になれるということもできます。従来、共通語には「画一、一様」というイメージがつきまとっていました。しかし、よく考えてみると、多様な言語でなければ、共通語にはなれません。だから、アメリカ英語の発音、語彙、文法、表現が世界共通英語として強制されれば、それは広範囲に普及することはないでしょう。
 要するに、現代の英語は多国間、多文化間交流を可能にする言語であり、自分の文化を表現する言語でもあるし、他の多様な文化を理解する言語であるということでしょう。したがって、特に英米文化と結びつけなければならない、ということにはならないのです。私たちはこのような立場にたつと、英語に対して新しい態度をもつことになります。
 インド人、タイ人、あるいはインドシナの人々は合掌しながら、英語であいさつすることがあります。英語を話すなら握手をしなければならない、と考える必要はないのです。日本人ならお辞儀をしても一向かまわないでしょう。これは小さなことがらですが、要は自分の文化を維持しながら、英語で自己表現をするという態度が重要になります。

 現在、世界の多くの人々は英語を「もう1つのことば」として使っています。人々は母語に加えて、英語を学習し、それを自己の目的に合うように自由に使うことが可能です。英語の使い道はまったく自由なのです。特に、ノンネイティブ・スピーカーにとっては、英語は母語でないことがきわめて重要な基点になるでしょう。
 英語が母語である人々にとっては、英語は生活のすべての面で重要な役割をはたします。しかし、ノンネイティブ・スピーカーにとってはそうではありません。私たちは英語ですべてができなくても、ちっともこまりません。私たちは自分の都合にあわせて、仕事、交流、教養、娯楽、研究、留学などの一部で英語ができれば、それでよいわけです。英語はあくまでも、個人のひとつの営みの手段なのです。
 日本人は、ほぼ全員、中学校と高校で6年間も英語を勉強します。そこで国民的に費やされた時間とエネルギーは膨大なものでしょう。その努力を安直に無駄にしてはなりません。私たち1人1人はかなりの英語能力を身につけています。私たちはそれをネイティブと同じようには使えないかもしれないが、それは必ず有効な伝達手段となりうるものなのです。

 私たちは世界の人々との出会いと、交流のために英語を勉強しています。私たちはその努力のなかで、自分たちにとって学習しやすい英語のパタ-ンを発見し、この広域コミュニケーションに役立つ言語を獲得しなければなりません。英語をマスターするとは英語のマスターになることです。そのためには、私たちが自由に統御できる英語をもつことが肝心です。
 もちろん、自分の英語が万全であるということはありえません。常に向上の努力が必要です。しかし、英語学習に完全主義は無効です。英語をマスタ-したら使うというのではなく、使いながらマスタ-するという気持ちをもちたいものです。大切なことは、世界の人々との交流です。





青山学院大学文学部卒業、同大学院文学研究科修士課程修了。青山学院大学国際政治経済学部教授、同大学院国際政治経済学研究科国際コミュニケーション専攻主任。専門は社会言語学、言語政策論、国際コミュニケーション論。最近の著書に『アジアをつなぐ英語:英語の新しい国際的役割』(アルク新書、1999)などがある。

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