1874 ●
ドーラ・E・スクーンメーカー
「女子小学校」を麻布に開校 後に「救世学校」から「海岸女学校」へさらに「東京英和女学校」と改称
1878 ●
ジュリアス・ソーパー 築地に「耕教学舎」開校 後に「東京英学校」となる
1879 ●
ロバート・S・マクレイ 横浜に「美會神学校」開校




女子小学校創立者
ドーラ・E・スクーンメーカー
耕教学舎創立者
ジュリアス・ソーパー
美會神学校創立者
ロバート・S・マクレイ

1882 ●
「美會神学校」を「東京英学校」に合同
1883 ●
「東京英学校」を現在の青山の地に移転し、「東京英和学校」と改称
1893 ●
「海岸女学校」に幼稚園を設置(1899閉園)


東京英和学校・東京英和女学校構内(1892年頃)

1894 ●

「東京英和学校」を「青山学院」と改称
日清戦争始まる
1895 ●
「東京英和女学校」を「青山女学院」と改称
1899 ●
「文部省訓令第12号」公布により、宗教教育に支障をきたす
1904 ●
青山学院の神学部、高等科および青山女学院英文専門科は専門学校令による専門学校の認可を受ける
1906 ●
青山学院財団設立
1914 ●
第一次世界大戦勃発
1923 ●
関東大震災により、青山学院・青山女学院の建物諸施設大破


「青山学報」創刊号(1916年)



学生による福音伝道隊(1901年)
関東大震災によって倒壊した大講堂

1927 ●
4月「青山学院」と 「青山女学院」の合同が文部省より認可され「青山学院」となる
8月青山女学院の名称を青山学院高等女学部と改称(青山学院は神学部、高等学部、中学部、高等女学部[専攻科・本科]を置く)
1937 ●
青山学院小学財団設立、青山学院緑岡小学校・同幼稚園開校(1944同幼稚園閉鎖)
1939 ●
第二次世界大戦勃発(ドイツのポーランド侵攻)
1941 ●
宣教師に米国メソジスト教会より帰還命令が出される
1943 ●
神学部閉鎖
1944 ●
専門部(文学部、高等商業学部)を閉鎖し、明治学院に合併
「青山学院工業専門学校」を開校
1945 ●
空襲により校舎・諸施設の大半罹災 ポツダム宣言受託
1946 ●
青山学院工業専門学校を「青山学院専門学校」と改称
女子専門部を「青山学院女子専門学校」と改称
青山学院小学財団を青山学院に合併し、「青山学院緑岡小学校」を「青山学院初等部」と改称 米国メソジスト教会より、宣教師再び日本に派遣される
1947 ●

新学制による「青山学院中等部」発足 青山学院専門学校横須賀分校開校
「教育基本法」公布
1949 ●
新制大学として「青山学院大学」を開校。文学部、商学部、工学部を置く
青山学院創立75周年記念式挙行(1874年を創立年とする)
1950 ●
大学に第二部を開設
「青山学院女子短期大学」を開校。家政科、文科(英文専攻・国文専攻)を置く
「青山学院高等部」(男女共学)開校


戦後来日した宣教師(1950年撮影)

1951 ●
「財団法人青山学院」を「学校法人青山学院」に組織変更
1952 ●
大学院を開設
1953 ●
商学部を経済学部に改組
1959 ●
法学部を設置
1961 ●
青山学院幼稚園設置
1964 ●

「青山学院教育方針」発表
東京オリンピック
1965 ●
大学廻沢キャンパスを開設し、理工学部を置く(1971 世田谷キャンパスに名称変更)
1966 ●
経営学部設置
1968 ●
大学に学生紛争始まる
1974 ●
青山学院創立100周年挙行


青山学院創立100周年記念式典

1982 ●
大学厚木キャンパスを開設し、国際政治経済学部を設置
1986 ●
「青山学院高中部」(中・高6年制一貫教育)発足
1990 ●
国際政治経済学研究科に国際ビジネス専攻修士課程(夜間大学院)設置
1991 ●
青山学院将来計画委員会設置
1998 ●
青山学院第二次将来計画委員会設置


将来計画委員会(第ニ次)報告書
「青山学院の課題と展望」

2001 ●
専門大学院国際マネジメント研究科国際マネジメント専攻(昼夜開講)設置
2003 ●
大学厚木キャンパス・世田谷キャンパスを閉じ、相模原キャンパス開学


相模原キャンパス開学式

2004 ●
法務研究科(法科大学院)設置

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