青山学院大学 AGU NEWS Vol.1
AGUニューズ[7~9月号]
青山学院大学・広報入試センター広報課
〒150-8366 東京都渋谷区渋谷4-4-25 TEL.03-3409-8111(代表)




●第1回バーチャル・ユニバーシティ
 研究フォーラム開催

●AMLプロジェクト成果報告会開催


●深町院長 韓国の啓明大学より
 名誉博士号を受ける

●国際政治経済学部に2つの寄附講座
●教育学科における
 心理学教育について

●法学部学科改組が認可
●国際政治経済学部
 定員変更申請が認可

●Bit Valley発の次世代
 ネットビジネスをめぐる
 講演会開催

●「連合ロー・スクール
 (法科大学院)合同検討会」
 開催について



●1999年度就職活動を振り返って
●介護等体験について
●女子学生生活セミナー開催
●2000年度
 課外教育プログラム実施状況

●ボランティアへの取り組み
●2001年度一般入学試験日程
●第7回大学同窓祭開催
●公開講座のご案内


●アジアの経済発展と
 通貨金融危機
 ―問われる日本の役割―



●オープンキャンパス開催日程
●2000年度進学相談会開催一覧
●清里サマー・カレッジ
●シリーズ大学探訪2
 ドーラ E. スクーンメーカー






青山学院大学の週間HOTニュース

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タイトル

深川助教授
青山学院大学経済学部助教授



 1997年夏、バブルの崩壊と急速に外貨が流出し、通貨金融危機に陥ったタイの影響は瞬く間に東アジアの主要国に波及しました。東アジアは1985年9月以来、急速に進む円高に対応しようとする日本企業の急激な直接投資増加を受け入れ、10年以上もの高成長を続けていました。殆どの国で通貨は米ドルに連動しており、円高によって国内生産による輸出が苦しくなった日本産業はもともと安価な賃金に為替面での有利さが加わった東アジアに活路を見出そうとしたのです。90年代に入ると、日本ばかりでなく、自国通貨が上昇した台湾や韓国も東南アジアや中国への進出を本格化させ、東アジアは相互に依存し、日本を先頭に、あたかも雁の群れが飛ぶような形で空前の高成長を続けました。
 しかし、例えばタイの例では10年にも及ぶ高成長の間に賃金上昇や不動産価格の急騰、道路などインフラの不足による物流コストの増大など、実体経済に問題が生じました。しかも直接投資によって工業生産・輸出は増大したものの、裾野産業の育成は追いつかず、機械など資本財や、部品などの中間財の輸入が急増し、貿易収支は赤字が拡大しました。この赤字が直接投資など長期資金によって穴埋めされているうちは良かったのですが、やがてその落ち込みは逃げ足の速い間接投資(ポートフォリオ投資)や短期借り入れによってカバーされるようになりました。市場が経済見通しに自信を持っているうちは資金が流入しましたが、やがて国際収支の膨張に疑念を持った資金が引き上げられると、危機が始まりました。外貨不足に陥ったタイの通貨は暴落し、域内の相互依存関係からインドネシア、マレーシア、さらには香港や韓国にも影響が拡散したのです。

 通貨危機後、タイ、インドネシア、韓国はIMF(国際通貨基金)の外貨支援を受けながら、その見返りに過剰投資の調整、不良債権の処理、家族経営への監視強化など大変に厳しい経済改革を余儀なくされ、敢えてIMF支援を拒否したマレーシア、投機筋との闘いに一応耐えた香港なども経済は大きく傷つきました。1998年には中国・台湾を除いて大半の国がマイナス成長に陥り、大量の失業が発生しました。
 しかしながら、99年に入ると、東アジアは再び傷から立ち直りをみせるようになりました。まず、IMFが強制していた高金利条件を緩めると、企業業績の回復を見込んで株式市場に流入した資金が社債などに回りました。他方、為替の急落を受けて輸出は競争力を取り戻し、とりわけ、世界的なIT革命により、東アジアが生産するエレクトロニクス産業は好調に推移しました。株価が十分に上昇した韓国などではその資金がさらに不動産市場にも一部回って資産価格の下落が止まり、金融機関の不良債権処理もやりやすくなりました。また、東アジアの場合、財政が黒字基調で、タイや中国などのように財政発動で実体経済を支えた国もありました。さらに、各国ともIT化への取り組みは早く、ネット関連の情報産業が新しい経済の牽引役として浮上したことも回復を助けました。
 この間、危機にあたり、日本は膨大な東アジア支援を行ってきました。欧州はまったく支援に参加せず、米国も韓国にだけはコミットしましたが、結局、救済資金を提供したのは日本だけでした。日本はアジア通貨基金(AMF)の創設を提案しましたが、影響力低下を恐れる米国が中国と手を結んで反対したため、挫折し、その代わりに成立したのが当初、300億ドルをめどとした新宮沢基金でした。東アジア支援には日本国内の金融危機と重なって邦銀が東アジアから資金引き上げた、という経緯もありましたが、過去10年間の膨大な直接投資で多数の日系企業が進出し、もはや日本との一体化が進んでいたことが背景にはありました。新宮沢基金の金額は日本の金融危機対応で政府が用意した30兆円以上もの資金に比べれば10分の1以下に過ぎません。それでも短期間で東アジアは再び成長の軌道に乗り始め、今や東アジア向け輸出の復活が唯一、確実に日本の景気を支えてくれているありさまです。この間の支援は決して無駄にはなりませんでした。

 日本はこうして一応、支援者の役割は果たしましたが、結局は日本の金融経済再生が今後の東アジアにとって不可欠であることは言うまでもありません。支援もただカネを出す、というだけで知恵が出せないと、東アジアの回復はむしろ欧米の企業・金融買収によって欧米に仕切られてしまいます。債券市場の育成や格付け機関の拡充など、市場のインフラ作りに知恵を出して東アジアと協力していくことが課題となっています。また、今回で改めて焦点となったことは、日本が世界最大の債権国でありながら、自国通貨ではないドルで貸し付けを行っているため、信用が揺らぐとドルの資金調達ができない、という状態に陥るということでした。円であれば、邦銀の資金もあったわけで、ここからいわゆる円の国際化の議論が始まっています。しかし、円がみんなに使ってもらえるためには、まだ多くの制度整備が必要ですし、経済政策へ信任、安保問題への対応などを含めて総合的に円資産が魅力あるものにしなければなりません。同時に、日本が円を通じて成熟した資本の出し手となるためには、いつまでもモノ作りだけで東アジアと競争していてはいけません。高齢化もすぐそこに控えているわけで、IT革命にもっと迅速に対応し、日本の持つ金融ストック、技術ストックが投資を通じて有効に活用されることが必要なのです。若く、ダイナミックな東アジアに有効に投資できれば、ゼロ金利に苦しむ年金生活者は救われるのです。モノだけでなく、カネと知恵によって東アジアとの新しい関係を構築することが日本の再生にもつながるところが大きいと思います。





早稲田大学政治経済学部卒、日本貿易振興会、長銀総合研究所を経て1998年より経済学部助教授となる。この間、イェール大学大学院及び早稲田大学大学院博士課程修了、コロンビア大学、高麗大学客員研究員など。著書に「韓国・先進国経済論」(第14回大平正芳賞、第2回大来賞受賞)など。

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