科学技術の向上や産業振興を目指した全国発明表彰(主催:社団法人発明協会、後援:朝日新聞社、文部科学省、経済産業省、特許庁など)。特に功績が大きい発明者に贈られる恩賜発明賞が、2001年度は「HDD(ハードディスクドライブ)の大容量化を実現する巨大磁気抵抗効果型磁気ヘッド」を開発した本学理工学部電気電子工学科澤邊厚仁教授のほか、5名の研究者に授与されました。

澤邊厚仁
理工学部電気電子工学科
澤邊厚仁 教授

 澤邊教授は、株式会社東芝の研究員として長年活躍してきた経歴を持ち、今回受賞した“発明”は東芝在籍中にスタートしたものです。まず、教授自身に、今回の受賞を果たした「巨大磁気抵抗効果型磁気ヘッド」開発の経緯を説明していただきましょう。
 「パソコンなどの記録媒体として使われているハードディスクドライブ(以下、HDD)はご存じですね。私たちが開発を始めた90年代には、HDDの容量は1平方インチ当たり1~2ギガバイトが限界とされていました。ディスクそのものの記録密度を増やすことは可能なのですが、その高密度に記憶された情報を読みとることができる高感度のヘッドを開発することが難しかったからです。そのため、当時、パソコンなどの記憶媒体としてHDDの時代はそれほど長くは続かないだろうと考えられていました。当時、アメリカのIBM社がMRヘッドという高感度ヘッドを提案しましたが、デジタルネットワーク時代を迎え、数十ギガバイトを超える大容量化を実現するためには、それでもまだ性能不足。次世代HDDへの道程を拓くためには、磁気ヘッドのさらなる高感度化が求められていたのです」
 澤邊教授ら開発プロジェクトスタッフは、まず磁気ヘッドに使う材料の研究からスタート。1988年にドイツで発見されたGMR(巨大磁気抵抗効果)という新しい物理現象に着目しました。これはナノ(10億分の1)メートルレベルの厚さの金属を重ねると、巨大な磁気抵抗効果が生じ、磁気抵抗の変化率が大きくなるというもの。この現象を利用すれば、ディスクに書き込まれた高密度情報のわずかな磁気の変化で電気抵抗が変化し、それに対応して電気の流れ方も変化……つまり、高密度情報を読みとることができるわけです。研究を重ねていくと、材料としてコバルト鉄の結晶方向を揃えた磁性膜を用いると、磁気ヘッドの感度が飛躍的に向上することがわかってきました。コバルト鉄は比較的安価な材料なので、商品化にあたってのコストも問題ありません。


 「開発にあたって、当初社内の賛同を得られず、プロジェクトリーダーの佐橋政司さん(現・株式会社東芝 研究開発センター技監)が中心となって、熱意を持って会社の上層部を説得しました。でも、そんな私たち自身も不安を抱えていたんです。なにしろ開発チームには、誰一人として磁気ヘッドの専門家といえる人間はおらず、私も薄膜など材料を専門とする研究者でした。だから、全員が磁気ヘッドのメカニズムについて専門書を読みながら勉強して、開発に取り組んでいたんです。でも、素人だったからこそ、従来の常識にとらわれずに新しい発想ができたともいえるかもしれません」
 しかし、研究開発にあまり時間と経費ばかり費やしていると、社内における開発プロジェクト自体の存続が危うくなる。また、同時期にIBM社がやはり新型ヘッドの開発に取り組んでいるという情報も伝えられた……。時間との闘いの中、当時30~40代だった開発スタッフは、睡眠時間を削って仕事に取り組みました。泊まりがけで研究に没頭することも珍しくなく、澤邊教授によると開発現場は「まさに修羅場のよう」だったとのこと。
 「NHKの『プロジェクトX』という番組がありますね。毎回、執念を燃やしながら、新しい技術開発や事業に挑む人々が登場しますが、私たちのプロジェクトもまさにあんな感じでした。あの番組を見ると、私はいつも『うんうん、そうなんだよな』と共感しています」


澤邊研究室

 そして1994年、ついに最初の試作品が完成。現在、30ギガバイトまで商品化が進んでおり、近い将来には100ギガバイト以上の商品が登場する予定です。ちなみに100ギガバイトという容量は、テキストデータに換算すると富士山の高さに積み上げられたA4用紙に書かれた文字情報に匹敵し、動画でも120分のVHSビデオテープ約20本分に相当します。「巨大磁気抵抗効果型磁気ヘッド」は、HDDの記録密度の限界を突破することに成功したのです。
 この新型磁気ヘッドによって実現したコンパクトで大容量の次世代HDDは瞬く間に普及し、今やIT社会を支える基盤技術となっています。パソコンはもちろん、新型モバイル端末のほぼ100パーセントに使われており、将来、携帯電話、ハイテク家電や自動車のナビゲーションシステムなどへの応用も期待されるなど、用途は拡大。今後、新型磁気ヘッド開発によって新市場が立ち上がり、HDDの販売高が100兆円規模までに拡大発展すると、市場アナリストは予測しています。
 「実は、こんなに急激に新型磁気ヘッドが世の中に普及するとは、開発に当たっていた私たち自身も予想していなかったことです。まさに世界中で使われる製品を手掛けた訳ですから、研究者としてこれ以上の幸せはありません。しかし、もう一度、あの技術開発の修羅場を経験しろといわれたら……う~ん、どうしましょうか(笑)。でも、苦難を乗り越えての感動と達成感は、今、私が教えている学生たちにもぜひ味わってほしいと思っています」 〈朝日新聞(夕)5月14日付にて掲載〉

close
HOME PAGE COPYRIGHT:AOYAMA GAKUIN UNIVERSITY