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池田政権とオリンピック ―池田後継の争い―

池田政権とオリンピック ―池田後継の争い―

第3回 2018/7/7(土)

 1964年10月10日に東京オリンピックが開幕した。焼け野原からの復興に思いを馳せながら、多くの人々がテレビでオリンピックに釘付けとなった。その中には、池田勇人首相の後を継ぐことになる佐藤栄作も含まれていた。佐藤は自らの日記にオリンピックの感想を記しており、のんびりとオリンピックを楽しんでいたように思われる。しかし、テレビで華やかな光景が広がる中、政界では熾烈な池田後継の争いが繰り広げられていた。
 本講義は、この池田後継の争いを取り上げる。
 そもそも池田首相は、オリンピック開会直前の9月に入院していた。退陣を発表したのはオリンピック閉会式の直後の10月25日である。つまり東京オリンピックの開催期間は、池田後継を巡って政治家たちが暗躍する時期と一致しているのである。
 池田後継と目された有力候補は、池田と並び「吉田学校の優等生」とされた佐藤栄作、「反吉田」で活躍し、かつて池田と激しく対立した河野一郎の二人であった。佐藤は総裁選で池田の高度成長を批判し、政策的な対立を深めていた。一方、河野はオリンピック担当大臣として池田首相を支えており、池田の信頼が厚かった。最終的に佐藤に軍配が上がったものの、状況は極めて混とんとしていた。
 本講義では、戦後政治における池田、佐藤、そして河野の位置づけを踏まえつつ、さらに彼らの周辺にいた政治家たち、大野伴睦や田中角栄、大平正芳らの動向にも配慮しながら、池田後継の争いを紹介したい。

青山学院大学文学部准教授
小宮 京 [Hitoshi Komiya]


東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。桃山学院大学准教授等を経て、現職。
専門分野は日本現代史。主な著書に、『自由民主党の誕生』(木鐸社、2010年)、『現代日本の政治家像』全2巻(共編。木鐸社、2000年)、『山川健次郎日記』(共編。芙蓉書房出版、2014年)などがある。