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「私を成長させてくれた授業」をテーマとした「2016年度Happyくらす作品コンクール」審査結果について

2016年11月4日
全学FD委員会
委員長 田中 正郎

学生のみなさんの講義の思い出、心に響いたクラス、自分を変えた授業、目の覚めた講義、元気の出た授業など、講義を通して得た発見や感動、体験、成長などのよい思い出を「私を成長させてくれた授業」として募集した、2016年度Happyくらす作品コンクールに多くのご応募をいただきました。
いずれも力作揃いで審査に苦慮しましたが、下記の通り、優秀賞1作品、佳作2作品、学生FDスタッフ特別賞1作品が選ばれました。受賞者の皆さん、おめでとうございます。

受賞者

優秀賞 法学部法学科 2年 武田 夏子さん
佳作 理工学部化学・生命科学科 3年 峯尾 雅子さん
佳作 国際政治経済学部国際経済学科 4年 木村 匠さん
学生FDスタッフ特別賞 法学部法学科 2年 武田 夏子さん

優秀賞作品紹介

私を成長させてくれた授業

法学部法学科 2年 武田 夏子

何百人もいる教室で一方通行の講義を受ける九十分間。出席は、名前や学籍番号等の必要事項のみ記入した出席票を提出するか、機械に学生証をかざすのみ。先生方はきっと私達の顔も知ることなくテストの採点を行い成績評価しているのだろう。このような授業ばかりでは、時として自分の存在を見失いそうになってしまう。“大学とはこういう場なのだと割り切って気にせずに過ごしていこう”、半ば諦めのような感情を抱きながらもそう思っていた。

一年生の後期、キリスト教概論の授業が始まった。先生は授業が始まる少し前に教室にいらして、生徒一人一人の目を見て「こんにちは」と言いながら出席カードを配っていた。授業前のその光景に、なんだか不思議な安心感を抱いたことを今でも覚えている。

キリスト教の授業とは一体どんなものなのだろう。クリスチャンではない人々にとってはどのように感じる授業なのだろう。講義を受ける前、そんな疑問を漠然と抱いていた。しかし、講義が始まると、先生の話し方やイラスト・学びの内容等、授業の世界観にみるみる引き込まれていく自分がいた。生きることや死ぬこと、身のまわりの愛について等、私達に関係するテーマの数々に興味深く耳を傾け考えているとあっという間に九十分が経ち、毎回新たな発見や深く共感するところが見つかるのだ。キリスト教概論は、いつしか私にとって一番楽しみな授業になっていた。

毎回の授業の最後には、先生からの問いに対する自分の考え、疑問や質問等を出席カードの裏に書いて提出し、翌週の授業の冒頭で先生がそれらの質問に答えて下さるという形態がとられていた。私はその日の授業において学んだことを自らの経験と重ね合わせ、そこから生じた疑問や相談を出席カードの裏に書き連ねて提出していた。大人数の授業において先生と生徒がコミュニケーションを計れる機会というのは滅多に無いものだが、“この疑問に先生はどのような答えを下さるのだろう”等と思いながら出席カードを書いている時は心なしかわくわくした気持ちになり、私の質問を授業で取り上げ答えて下さった時にはとても嬉しく感じたのを覚えている。

11月の終わりには中間レポートがあった。“返却希望”と赤ペンで書いておくと先生から簡単な添削が受けられ、返却時にコメントが頂けるというものだった。この時点において、私はまだ先生と直接きちんとお話したことはなかったし、授業後に先生の元へ行く勇気もなかなか持つことができずにいた。しかし、毎回時間を忘れて聞き入ってしまうほど学びの深い授業をして下さっている先生とお話してみたいという思いが募り、“返却希望”と大きく書いてレポートを提出した。レポートには、先生の著書を読んで私が感じたことや、その時私が置かれていた状況と著書の内容を重ね合わせて深く共感したこと・気持ちが楽になったことなどを書き連ねた。後日レポートが返却され、私は初めて先生とお話することができた。先生がレポートに書いて下さったコメントや直接かけて下さった言葉の数々によって、自分の悩みや複雑な思いが少し楽になった。レポートはパソコンではなく必ず手書きで書くことが求められており、“字を見ればその人が分かる”というのが先生の考えだった。確かに、その人の性格やその時の感情が、手書きの文字には如実に表れる。そういった点においても、先生は私達一人一人のことをきちんと知ろうとして下さっているように感じた。

全十五回の授業が終わり、先生は最後に私達一人一人の名前を呼び、それぞれに一枚の紙を手渡して下さった。その紙一面に貼り付けられていたのは、今までの自分の出席カードの数々だった。裏面には当時の自分の考えや疑問がたくさん書き連ねられており、“あの時はこんなことを思っていたな”等と振り返りながら、この授業を通して得た視点や考え方、自らの成長に気がつくことができた。大人数の講義にも関わらず、私達一人一人をきちんと“人”として扱って下さる先生の思いを感じることができたからこそ、私も自分自身をじっくりと見つめ直し向き合うことができたのだ。

大学では、顔も名前も認知されることなく終わってしまうような一方通行の授業も決して少なくないし、学生の人数や進行を考慮するとやむを得ない部分があることも重々承知している。しかし、“自分は大勢いる中の単なる一学生に過ぎないのだ”という感覚は、時に“私とは一体何なのか”という疑問を生じさせ、自己の存在を分からなくさせることがある。

自分の存在を再認識し、自分自身の成長に気づく機会を得ることができたこの授業は、私にとって本当に価値があるものだった。この授業との出逢い、そして先生との出逢いに心から感謝しているし、この授業で得た学びはこれから先もずっと大切にしながら日々過ごしていきたいと考えている。

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