AGUインサイト 世界を読み解くコラム

保険から見る原発問題 経済学部 本間照光教授



再保険からも見放された福島

1999年に起きた茨城県東海村のジェー・シー・オー(JCO)の臨界事故の際は、避難費用や農作物への風評被害を含め、約8000件の賠償請求があり、約7000件が支払い対象となりました。総額154億円が支払われたわけですが、巨額負担が必至の今回の福島の場合、東海村のように賠償範囲が認められるのかは、全く見えてきません。

東京電力と政府で、責任のなすり合いをしながら、損害賠償問題が前に進まない現実に輪をかけて、民間の損害保険会社で構成されている「日本原子力保険プール」は、東京電力福島第一原発に対する損害保険の契約が切れた2012年1月に、1200億円の保険を打ち切りました。営利目的で運営される民間保険会社としては、事故の現実に直面し、これ以上、保険契約を継続することは難しい、リスクが高いという判断をするのは当然のことと思います。

みなさんは「再保険」という言葉を聞いたことはありますか。今回のような天災の他に、ジャンボジェット機事故、宇宙衛星事故などの巨大なリスクに対して、多額の保険金の支払いが必要となる可能性がある保険について、保険会社(保険者)がリスクを分散するために、責任の一部を他の保険会社に引き受けてもらう制度のことを言います。「保険の保険」という意味で「再保険」といい、日本原子力プールの背後には国際的な再保険ネットワークがあります。

再保険の仕組み

しかしながら、今回の福島の事故で、国際的な再保険も引き受け先がなくなってしまい、保険の継続ができなくなったのです。原子力損害賠償法では、保険加入が義務づけられ、無保険の状態では原子炉の冷却や使用済み燃料のとりだしなど事故収束のための作業ができなくなるため、東京電力は政府に1200億円を供託して、事故が起きた場合には、賠償用に引き出せる仕組みを臨時的に作りました。
また事故責任の所在を明らかにしないまま、政府直属の「原子力損害賠償支援機構」という機関が作られました。これにより、賠償責任を誰が追うのか先送りされ、財源がないところで、国民の税金を使い、原発事故の賠償が行われていくことになるでしょう。

「保険」は「社会を映し出す鏡」

ここまで実質的に何も解決されずにきている原子力損害賠償は、制度自体が原発推進のための実務上の検討以外には、ほとんど研究がなされず、今まできてしまったことが大きな問題です。私は30年以上前からそのことを言い続けてきたのですが、これらの問題は「保険」が経済学、社会科学において理論的に考察されてこなかったという学問のあり方を反映しています。

損害保険や生命保険などの保険は、商品経済つまりは資本主義の芽とともに生まれ育ちました。その広がりのもとで、政府が実施する社会保険が労働者保険として19世紀のドイツ(当時のプロシア)で生まれました。当時のドイツは後進国として、イギリスやフランスに追いつけ追いこせの時代。労働なくして経済発展はできないので、一番保険を必要とされる労働者向けの保険ができたのが最初でした。その後各国に社会保険が広まり、第二次世界大戦後、社会保険から社会保障へと発展していったのです。

世界各国の生命保険収入保険料状況(2001年)

世界中どこにでも「保険」はあるのですが、とりわけ私たちの日本では保険づけになっていると言ってもいいでしょう。日本の社会保障の中心は、社会保険にあります。「医療保険」、「介護保険」、「雇用保険」、「労災保険」、「年金保険」など公的保険のほか、民間の「生命保険」や「自動車保険」など、生活のすべてに「保険」が浸透しています。もはや「保険」なくして生きることも死ぬこともできなくなり、現代社会も機能しなくなっています。

「保険」は「社会と人間を映し出す鏡」です。世界中の「保険」に注目してみると、そこにはその国の社会と人々、社会の運営の仕方など、資本主義の違いが見えてきます。日本はアメリカ向きで、福祉国家と言われる北欧諸国とは、社会も人も、国の運営も全く違うのです。私は日本とアメリカの資本主義は行き詰まっていると感じています。経済成長を徹底すれば、社会は安定し、暮らしは安定するのかと言うとそれもまた違うでしょう。日本の将来を考えるとき、現状の日本の社会のあり方とそれを反映した「保険」のあり方を再度見直す必要があるのではないでしょうか。

2011年3月11日、東日本大震災は、私たちの「いのちと暮らし」を一変させました。いのちが失われては、よりよい人間の状態、労働と生活、社会を求める努力を含めて、そのすべてが意味を失います。「保険」を経済学、社会科学という観点で考察することで、今ここにある社会とリスクの現実、そして未来が様々に見えてくるのではないかと思っています。

(2012.9.14 掲載)

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  • 『保険の社会学―医療・くらし・原発・戦争』 本間 照光著(勁草書房:1992)。
  • 『団体定期保険と企業社会』 本間 照光著(日本経済評論社:1997)。
  • 『社会科学としての保険論』 本間 照光、小林北一郎:著(汐文社:1983)。
  • 『階層化する労働と生活』 本間 照光他共著(日本経済評論社:2006)。

プロフィール

経済学部 本間照光教授

経済学部
本間 照光 教授

本間照光教授は、2016年3月31日付で本学を退職しました。


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