AGUインサイト 世界を読み解くコラム

大統領選挙から今後のアメリカを考える 国際政治経済学部 中山俊宏教授



オバマ大統領誕生の意味

 2012年11月に「アメリカ大統領選挙」が行われます。アメリカの動向は日本にとって、他人事ではありません。アメリカが東アジアとどのように向き合うのか、中国との関係をどのように構築しようとしているのか、日米同盟はどうなるのかなど、直接、日本にひびいてきます。しかし、アメリカ大統領選挙はこのような現実の政治的次元のみならず、4年に1回アメリカ人自らが物語を書き直す試みでもあります。つまり、大統領選挙を見ていくと、その時のアメリカの自画像のようなものが浮かび上がってくるのです。

 2008年11月。アメリカ史の年表に、アメリカの子供たちが必ず覚えなければならない歴史的な年が刻まれました。黒人初の大統領、バラク・フセイン・オバマの誕生です。
 選挙当時は思いもつかず、今振り返ってみて初めて漠然と感じていることですが、実はアメリカは黒人の大統領を選びたくてしょうがなかったのではないかという気さえしています。

 アメリカは建国時、建国の理念「自由と平等」とは矛盾する「奴隷制度」を容認しました。奴隷制度がなくなった後も、社会の中ではいろいろなかたちで人種差別が残り続け、そのことがアメリカにとって大きな心理的な重しとなっていたと思われます。この「原罪」を象徴的な次元で乗り越えるには、「大統領としていつか黒人を選ばなければならない」、そうした「予感」のようなものが常に漂っていたような気がします。オバマ以前にも黒人の政治家は数多くいました。しかし、いずれも黒人コミュニティーのリーダーで、「大統領」という感じではなく、何よりも従来の黒人政治家は「奪い取られたものを奪い返す」という姿勢が、どうしても(そして当然のことながら)見受けられ、白人の不安感をまねいてしまうタイプが多かったのです。しかし、そんなとき、誰が見ても「ナイスガイ」、そして「アメリカン・エリート」として申し分ない経歴を持つオバマが、まさに彗星のごとく現れました。誰もが彼の演説に魅了され、左派のみならず中道な穏健派からの支持を取りつけつつ、黒人初の大統領となりました。

 選挙当時は、黒人であることがかなり不利な要素になるのではないかと言われましたが、私は逆の効果さえあったのではないかと感じています。それは、今お話した通り、むしろ黒人だからこそオバマに投票したという効果です。いずれにせよ、それはかなりはっきりとした選択でした。こうして国民的な支持を得たとその勝利を受け止めたオバマは、大胆な改革に取り組んでいきます。しかし、そこには大きな落とし穴がありました。

なぜオバマの「チェンジ」は失速したか?

 そもそもアメリカは「self-help(他人の力によらず、自分の力だけで事を成し遂げる)」の精神が強く根づいています。若干単純化していえば、「中央集権的なるもの」への不信感がアメリカ人の政治的背景を構成しているのです。連邦政府が巨大化して、自分たちの生活空間に手を突っ込んでくることへの生理的な嫌悪感のようなものが日本では想像できないほど大きいといえます。

 このような背景を念頭に入れ見ていくと、共和党の一部を構成する保守派が、かくもしれつにオバマ政権の政策を拒否する理由が見えてきます。

 オバマ政権は政権が発足するや否や、次々と連邦政府の役割を積極的に容認する政策を打ち出しました。まずは7870億ドルに及ぶ景気刺激対策、次いで公的資金の投入による企業の救済、そして何よりも国民皆保険制度(オバマケア)の導入を試みて、1980年代のレーガン政権以来、アメリカ社会に深く浸透してきた、州を中心とする「小さな政府」のイデオロギー(政治や社会のあるべき姿の理念体系)を乗り越えようとしました。もちろん、連邦政府中心の「大きな政府」を目指すとはいえないので、それを「スマートな政府」という言葉で包みました。

 日本人からしてみると当たり前に思える国民皆保険制度も、アメリカ人からしてみるとまったく異なったものに写ります。オバマケアに反対する人々は、それが連邦政府のさらなる肥大化をもたらし、自分たちの生活圏、さらには体そのものに政府が介入し、「self-help」の精神を犯されることになるのではないかと恐れているのです。

 若干、単純化すれば、彼らはこの問題を「権利(医療サービスを受けられるかどうか)」の問題としてではなく、「自由(国民皆保険制度の導入によって、中央集権的なるものの手が伸びてくるのか)」の問題として捉えているわけです。かなり偏った考え方であることは事実です。でもオバマが目指すものを大幅に減速させるには、十分な大きさの少数派を形成していることも事実です。

 一方、これが州レベルでの皆保険ということなら原則上は問題ありません。つまり、この場合は、他の州、つまり州民皆保険制度を導入していない州に移動するという選択肢が残されているからです。この場合、選択する「自由」が残されています。しかし、連邦レベルでこれをやってしまうと、選択の自由がなくなり、連邦政府が必然的に肥大化してしまう。このような状態を恐れ、保守派はオバマに牙を剥いたわけです。

 さらに外交面を見てみましょう。オバマ外交の根幹には、ファリード・ザカリアが唱える「アメリカ後の世界」にどう適応するかという問題意識があります。「アメリカ後の世界」とは、アメリカが没落していく世界では必ずしもありません。しかし、アメリカの力は相対的には確実に低下しています。それは、他の国々が台頭しているということだけではなく、アメリカが直面する新たな問題の多くは、もはやアメリカ一国では対処しきれないという新しい問題状況に向き合っているということです。このような新しい世界に適応させるべく、アメリカ外交の基本姿勢を組み換えることがオバマ外交の根幹にある問題意識といえるのではないでしょうか。これは、一見、常識的な対応ですが、アメリカ人からしてみると挑発的でもあります。というのも、オバマの基本姿勢を別の言葉で表現すれば、アメリカの没落を容認しているとも表現できるからです。事実、オバマ外交に強く反対する共和党の保守派は、オバマを「アメリカ没落の管理人」と批判します。


あわせて読みたい

  • 「21世紀もアメリカの世紀か」押村高・中山俊宏編『世界政治を読み解く(世界政治叢書10)』(ミネルヴァ書房、2011年)。
  • 「『アメリカ後の世界』におけるアメリカ外交―オバマ外交の世界認識」『青山国際政経論集』第85号(2011年9月)。
  • 「ティーパーティ運動とインスティテューションの崩壊」久保文明編『ティーパーティ運動の研究―アメリカ保守主義の変容』(NTT出版、2012年)。
  • Daily Yomiuri「オバマ大統領のことば」(毎月1回更新)

プロフィール

国際政治経済学部 中山俊宏教授

国際政治経済学部
中山 俊宏 教授

中山俊宏教授は2014年3月31日付で本学を退職しました。


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