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平家物語で読む平清盛像と源平一門 文学部 佐伯真一教授



死に対するためらいと覚悟、そして平家一門の行方

後半年表(清盛没から六代没まで)
西暦 出来事 章段
1183年 源義仲、倶梨迦羅峠で平家軍を攻め落とす 倶梨迦羅落
平家一門、安徳天皇を守り、京を脱出、西国ヘ向かう 主上都落
後鳥羽天皇、即位 名虎
源義仲、法住寺で法皇軍を破る 法住寺合戦
1184年 頼朝軍、義仲を破る。義仲没 木曾最期
頼朝軍、一ノ谷で平家軍を破る平忠度・敦盛等没。重衡生捕。 坂落・重衡生捕・敦盛最期・他
平重衡、鎌倉に護送 海道下
平維盛、熊野参詣の後に入水 維盛入水
1185年 源義経、屋島を急襲し、平家を追い出す 十一 嗣信最期・那須与一・弓流
平家軍、壇ノ浦で敗北、安徳天皇入水。平知盛等没、平宗盛生捕 十一 壇浦合戦・先帝入水・他
義経、鎌倉入りを拒絶される 十一 腰越
宗盛・重衡、斬首される 十一 大臣殿被斬・重衡被斬
都で巨大地震が起きる 十二 大地震
義経、都を落ち、流浪 十二 判官都落
1186年 後白河法皇、建礼門院(平徳子)を訪問 灌頂 大原御幸
1189年 源頼朝、奥州で源義経を討つ。平泉で戦死
1191年 建礼門院(平徳子)、没 灌頂 女院死去
1192年 頼朝、征夷大将軍となる 征夷将軍院宣
1199年 頼朝、没
六代御前、処刑 十二 六代被斬

 『平家物語』の有名なエピソードは、実は、清盛が亡くなってから平家がどのように滅びていくかを描く後半の方に多くあります。

「平家軍が総崩れになり退却する途中、源氏勢の武士・熊谷直実は、海に逃げ込んだ若武者を呼び戻し、押さえつけて首をかききろうとするが、相手の顔を見た瞬間、殺せなくなってしまう。自分の息子と同じぐらいの年であり、非常に優美な公達であったからだ。しかし、源氏の軍勢が押し寄せてくる前に、自分が切って供養しようと、泣き泣き首を切る。この若武者は、清盛の弟・経盛の末っ子で、平敦盛であった」(敦盛最後[あつもりさいご]:巻第九)

 このように人を殺すことをためらい、一旦は相手を殺せなくなってしまうという記述は、世界中の古典的な戦争文学を見てもほとんどないと思います。原文での「顔を見た瞬間、殺せなくなる」シーンの描写は実に見事です。あの時代に、人を殺すことや戦争がいかに非人間的なのかをきちんと描いている『平家物語』が日本にあるということは、世界に誇りうることと思います。

 次の場面は、『平家物語』をあまり知らない人でも聞いた事はあるでしょう。

「壇ノ浦の戦い。平家の敗北が濃厚になり、もはやこれまでと覚悟した時子。涙ながらに、8歳になる孫の安徳天皇を抱き、『波の底にも都は候ぞ』と説き、海に身投げする」(先帝身投:巻第十一)

 一般的には、時子が安徳天皇に「波の下にも都があるんだよ」と教えて入水したとされていますが、必ずしもそうではありません。時子の立場としては、平安京では三種の神器なしに後鳥羽が即位したけれど、それは偽の王であって、真の天皇は安徳天皇であり、安徳天皇がいるところが都である。だから、この後は、私たちが行く海底こそが都になるのだと。少なくとも時子は、自分たちが正当な政権であると主張しながら死んでいったということです。

 平家滅亡後、巨大地震が起こりました。(大地震[だいじしん]:巻第十二)。これは清盛が龍になって起こしたといわれました。当時の人々は、平家一門が海底の竜宮城の中で生き延び、地上の社会を狙っていると、恐怖におびえていたのです。『平家物語』は、平家が滅亡するまでを描いていますが、清盛以外の平家一門のほとんどには同情的であり、その魂を慰めようとしているのが読み取れます。「平家の滅亡は清盛の作った悪因のせいだ、その他の人々は気の毒な犠牲者だ」と、生き残った人々にも、亡くなった平家一門の魂にも、語りかけ、言い聞かせているのでしょうね。

鎌倉から平成まで。ロングヒットを続ける『平家物語』

『平家物語』は、1180年代に平家が滅びた後、1230年代頃までに物語ができたであろうと考えられています。当時から源平の戦いは国民の興味を引くものであり、当時のメディア的存在「琵琶法師」が琵琶を弾きながら語り歩き、人気だったといいます。一方、貴族社会では源平関連の日記のようなものができ、そのような様々な語りや文献が編成されて『平家物語』ができたということです。そのため、文体や文章のリズム感が場面場面で違っていたり、それぞれの話が完結していて、1話1話に違った魅力があるところも面白さと言えるでしょう。
 源平時代から興味関心が高かった『平家物語』ですが、「中世にできた文学作品」という枠を超え、その後、非常に様々なメディアが取り上げ続けています。例えば、「能」や「歌舞伎」の演目になっていたり、「テレビドラマ」や「映画」、「アニメ」や「まんが」など、本当にたくさんの平家物語が存在します。
 戦国時代の武将・織田信長は、「幸若舞」という語りを伴う舞の「敦盛」を特に好みました。「敦盛最後(あつもりさいご)」(巻第九)を題材にした曲で、敦盛を殺してしまったことを悔やみ、出家した熊谷直実が世をはかなむ場面に、このような一節があります。

「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり(人の世の50年の歳月は、天人の世界の一日にしかあたらない)」

この言葉は広く知られ、織田信長の言葉だと思っている人もいるかもしれませんが、実は平家物語から派生した作品の中の一節なのです。
 他にも「足摺(あしずり)」(巻第三)で登場する俊寛を主人公にした浄瑠璃や歌舞伎「平家女護島」が江戸時代に作られ、近代文学作家・芥川龍之介や菊池寛も「俊寛」という作品を書いたりしています。面白いのは、『平家物語』ではひたすらみじめな俊寛ですが、歌舞伎の演目や芥川・菊池が描く俊寛は、とても立派に描かれているところです。このように作品ごとにキャラクターが変わることはよくあり、それぞれの時代の考え方や感じ方が読み取れて、大変興味深いところです。
 800年以上にわたり様々な展開をみせ、日本文化に非常に大きな広がりを持っている『平家物語』に、少しは興味を持っていただけましたでしょうか。先にお話した通り、1話1話完結型ですので、興味を持った場面からで構いません。少しずつでも読んでいただき、『平家物語』ロングヒットの魅力を、みなさんの心で感じてみてください。

(2012.5.10 掲載)

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  • 『平家物語大事典』 大津 雄一・日下 力・佐伯 真一・櫻井 陽子:編(東京書籍:2010)
  • 『戦場の精神史 ~武士道という幻影』 佐伯真一著(NHK出版:2004)
  • 『建礼門院という悲劇』 佐伯真一著(角川学芸出版:2009)
  • 『宮尾本 平家物語』(全4巻) 宮尾登美子著(朝日新聞社:2005)
  • 『新・平家物語』(全16巻) 吉川英治著(講談社:1989)
  • 『90分でわかる平家物語』 櫻井陽子(小学館:2011)
  • 『新編 日本古典文学全集45・平家物語(1)(2)』(全2巻) 市古貞次著(小学館:1994)

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