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所長あいさつ

総合研究所所長 本間 照光の写真

総合研究所所長
浅井 和春[Kazuharu Asai]

今年も箱根駅伝で二連勝。全区間一位をキープしての完全優勝という快挙を成し遂げた競走部の諸君、および彼らの夢を現実にまで導かれた原晋監督の指導力には、心より敬意を表したいと思います。そして、青山学院大学は昨年末に新たな学長が選ばれ、副学長三名を加えた新執行部の体制が整うとともに、前執行部とは異なる方針のもとで新しい大学運営がおこなわれ始めています。その方向性や如何に?それが本研究所の今後に大きな波紋を投げかける可能性も少なく無く、節目の一年になることは言うまでもありません。

このような状況下で、前執行部が最後に掲げた「研究推進機構(案)」の構想はいったん棚上げとされ、現時点での今年度の総合研究所事業としては、昨年度に採択した新規プロジェクト5件と、継続プロジェクト5件、成果刊行5件のそれぞれについて、計画が順調に進展しているか、また予算が適切に運用されているか等をしっかり見守り、これらのいわば大学の基盤をなす基礎的研究が無事に成果をあげることを全面的に支援していくものです。

ところで、昨今の青山学院の教育・研究をとりまく環境は、少子化にともなう受験生の減少や、近年急に顕在化した財政上の逼迫もあって、必ずしも順風とはいい難いことも事実です。このような環境のもと大学では、全学規模の研究所やセンター、学部・研究科附置の研究所等の混在による研究組織の体系・機能のあいまいさや、研究プロジェクトの重複、支援体制の非効率などが指摘されています。そして、それらの一元化を目指した改善策として前執行部により提案されたものが「研究推進機構(案)」の設置でした。しかし、この機構(案)は学部・研究科附置の研究所等を現状のままとし、新たにプロジェクト研究所の設置を提案するとともに、社会連携機構の位置づけをプロジェクト研究所と共通もしくは並列の組織と考え、また総合研究所についてはそれらの各研究所と同等に新たに「総合文化研究所(仮称)」として縮小化を目指すものでした。そこでは本来、法人に帰属する基金として成立・運用されてきた総合研究所基金を、大学の推進機構(案)の運営資金に充てるという予算措置の転換の意図を含んでいたことも見逃せません。

以上のような、一昨年来の前執行部による大きな改革の動きは、大筋では現執行部にも継承されることと推察されますが、そこで忘れてならないのは、総合研究所が1988年に発足して以来、昨年まで27年間わたって積み重ねられてきた大学の教育・研究への貢献ではないでしょうか。確かに、研究所自身の問題点として挙げられるプロジェクト募集型の研究支援が主になっている現状については、学部・研究科附置の研究所における研究支援や科学研究費助成事業(科研費)との差別化が必須であり、その意味での運営体制の見直しは当然といえます。また、かつての予算運用においてはかなり長閑な、もしくはルーズともいえるやり方が一部で見受けられたことも事実です。しかし、大型のプロジェクトや機構の設置・運用に基金そのものを充て、結果的に費消してしまい兼ねない動きには一抹の疑問も禁じ得ません。何故なら、これまでの総合研究所の実施プロジェクト研究の成果を見ると、基本的に基金の果実約3千万円を中核とし、大部分は基礎的研究に特化して成果をあげてきた歴史がうかがえるからです。近年の学術振興会による科研費の採択基準を顧みても、ある程度自前で研究のベースを固めたものを採用する傾向が強くなっている事実は、先生方もご存知のことと思います。その意味ではこれまでのように、より大きな研究費を獲得するための基礎をなす研究や、若手のポスト・ドクターの研究、そして成果刊行などに現在のさほど多くは無い総合研究所の研究費が充てられることは、今後の青山学院大学の地道な発展に寄与する意義も大きいと考えます。

ますます混迷の度を深める世界を目の当たりにして、私たちはこれまでの知識の枠組みでは理解しがたい現実に立ち向かわなければなりません。これら急激な変化のなかでも人類は生存し続ける、否、生存し続けなければいけないのであり、そのためにもさまざまな叡智を結集することが求められます。1988年に大学研究施設の中核として発足し、段階的変化を遂げてきた総合研究所ですが、これからも青山学院大学の叡智を代表する研究機関として、その中心を担い続け得るかは、そこに集う私たち個々の研究への情熱にかかっていることだけは間違いないでしょう。皆さんの温かいご支援をお願いする次第です。

研究