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廣木一人教授が、連歌史の研究で「芭蕉祭」文部科学大臣賞を受賞

廣木 一人
廣木 一人
文学部日本文学科教授
 毎年、松尾芭蕉の命日の10月12日に、三重県伊賀市で開催される「芭蕉祭」の平成17年度文部科学大臣賞に、本学文学部日本文学科廣木一人教授の『連歌史試論』(新典社・2004年刊)が選ばれ、「芭蕉祭」の式典で表彰式が行われました。
 「芭蕉祭」から戻られたばかりの廣木教授に、受賞の感想と連歌研究への思いをうかがいました。



※「芭蕉祭」は、1947年より、財団法人芭蕉翁顕彰会が主催し、三重県伊賀市で俳聖・松尾芭蕉を偲んで開催されている行事。全国俳句大会・学童俳句大会・芭蕉翁遺跡参観などが催されるとともに 、優れた連歌・俳諧研究書に文部科学大臣賞を授与しています。

 私は現在、日本文学科で連歌や和歌、謡曲など中世の韻文学を教えていますが、実は本学のフランス文学科出身なのです。フランス文学を学んでいた時代も主に詩が興味の中心でしたが、次第にわが国の韻文学の最高峰とも言える芭蕉の俳諧に大きな魅力を感じるようになり、大学院では日本文学を専攻。やがて俳諧の歴史を遡り、連歌研究にたどりつきました。そんなわけで今回、私の研究者としての原点とも言える芭蕉ゆかりの賞をいただいたことは、とても感慨深いものがあります。
 受賞した『連歌史試論』は、私がこの十数年間で執筆した連歌史に関わる23編の論文を、連歌史の変遷と内容に即して全8章にまとめたものです。これらの論文は、従来の連歌研究における未解決の問題や疑問点を明らかにすることを目的に書かれたもので、この日本独自の文学活動が「どのような場」で、「どのような人々」によって担われてきたのか、ということを主眼に連歌の変遷を追っています。
 連歌がユニークな点は、多くの人が集まって行われる文学だということでしょう。
 人が集まるのには「理由」があります。たとえば、足利将軍が有力大名や公家、僧侶などを招いて行う連歌会は、お互いの関係強化の確認であり、ある種の政治的なアピールでもあります。
 また人が集まるためには、それにふさわしい「場所」が必要です。この「場所」という観点で見ていくと、現在、私たちが世界に誇る日本文化として認識しているものの多くは、室町時代に連歌との関わりの中で、発展していったということがわかります。すなわち、連歌会に人々を招くための場所づくりが、畳の部屋や床の間、掛け軸といった建築・インテリア、あるいは石庭などに代表される造園を進化させました。また、華道や茶道も連歌会の席と密接な関係があります。したがって、一流の連歌師は、こうした建築、作庭、華道、茶の湯等に詳しかったのです。当時の連歌師とは、いわば文化の総合プロデューサー的な存在でした。
 このように人と人との関係、そして人が集まる「場」も含めた総合的な視野から連歌を考察していくと、ひたすら「個」の存在を見つめる近代以降の文学とは異なる、わが国独自の文学のあり方が見えてきます。
 まだまだ未開拓の領域が多い連歌研究ですが、残念ながら若手の研究者が少ないという現状があります。今回の受賞がきっかけとなり、多くの日本文学科の学生が連歌というユニークな文学に積極的な関心を示してもらい、その中の一人でも連歌研究の道を志してもらえれば、私にとってこれ以上うれしいことはありません。
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