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誌上公開講座 No.38
教養コア科目「科学・技術の視点」総合科目「毒と薬」

この講義のねらいは、大学生となった諸君に、文系・理系を問わず科学的なものの見方はどのようにあるべきかを感得してもらうことにあります。
健全な科学的態度の基本は「懐疑心」です。
世の中にはあるとあらゆるニセ言説、エセ言説がまかり通っています。
しかし、いくつかの基本的な知見と批判的な懐疑心を出発点にすれば、ウソとホントの区別がつくようになります。
ここではそのための「気づき」を喚起してもらうため、4人の先生がいろいろな工夫をしながら講義を進めています。
その上で、自分のオピニオンを持ってもらうことが講義の目標です。
成績評価は、出席、レポートおよび講義内の小テストを総合して与えられます。
(福岡 伸一 記)
福岡 伸一
理工学部 化学・生命科学科教授
福岡 伸一

狂牛病と食品添加物を通して生命を考える
 私の講義では、まず、私自身の研究テーマであり、社会的関心も高い狂牛病の問題を取り上げます。病気には、高血圧や糖尿病のように他人にうつらない病気と、はしかやインフルエンザ、そして狂牛病のように、病原体によって“うつる”病気があります。しかし狂牛病には、原因ウイルスも病原菌も発見されていません。ある種の異常タンパク質が増えることによって病気が発生すると考えられてます。“増える毒”ともいえるこの不思議な病気をできるだけわかりやすく説明します。狂牛病が地球上に蔓延した背景にはさまざまな人災的要因があります。牛は近代畜産体制の下ではもう草食動物とはいえません。講義では日米間の牛肉輸入問題についてもその各論点に触れた上で、学生自身のオピニオンをレポートに課しています。
 もうひとつのテーマは食品添加物──食品の保存や流通、見栄えにとっては非常に有用な「薬」ですが、腐敗や変質を引き起こす微生物にとっては「毒」です。授業では実際に加工食品のラベルを投影しながら、代表的な食品添加物の正体や作用のメカニズムを概説。学生自身にもレポート課題としてラベルの採集とその内容の調査を行ってもらいます。そのほか、食べた栄養素が自分の体重になるまでの道筋を説明し、ちまたに溢れるダイエット情報や「やせ薬」がいかにインチキかを知ってもらったり、インシュリンの作用が脂肪の蓄積命令であることから賢い食べ方がどのようなものであるのかなどを考えます。学生には、講義を出発点にさらに自分で読み、調べ、考える力を養ってほしいと思います。毎日、新聞を読み、そこに報道されている情報を自分で吟味してみてください。新聞に書かれていることですら本当とは限りません。また、講義で触れられることはごく一部です。授業に興味を抱いた学生には、狂牛病について書いた『もう牛を食べても安心か』(文春新書)、『プリオン説はほんとうか』(講談社ブルーバックス)、また生命とは何かを再考した『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)などの参考図書があります。いずれも一般向けに書いた本なので特別の前提知識なしに読むことができます。




辛島 恵美子
理工学部 非常勤講師・NPO法人安全学研究所理事
辛島 恵美子

“安全なくすり”とは何か?
 現在の「最先端医療」は一つの限界につきあたっており、それを乗越えるべくさらなる努力がなされる一方で、非科学的医療として過去に捨てたはずの「伝統医療」を改めて見直す動きがでてきています。その背後に「医療」に関する考え方、態度の違いがあります。方法論的には補完すべき関係ともいえるのですが、実際にはその考え方や態度は狭く医療技術面に限定されず、生活に深く関わる文化的違いともなっているところがあり、適切に使い分けることは難しいことが少なくありません。
 日本社会は歴史的にまさにその難しさと悲劇を体験してきています。そうした歴史的事情の理解を深めたうえで、現代事情の中で上手に薬や食物等々を活用できる基礎知識の修得を目指し、「くすりと上手に付き合うための基礎知識の習得」と
「情報吟味力の養成」の2つを講義の目的としています。
 具体的には以下の通り、3回のサブテーマに分けて行います。
 第1回 : 日本人と薬:東洋の伝統と西洋近代の伝統のはざまで
 第2回 : 健康と薬と食物との関係
 第3回 : 薬を毒薬にしないための制度と常識
 教科書として『薬と食べ物と水』(理工図書2007.5)を使いますが、高校生までのように知識の暗記ではなく、情報吟味力を養う発想での取り組みを目指しています。物事は条件次第でその長所面あるいは短所面が引き出されるのであり、条件抜きに「よい薬・悪い薬」の区別はありえないからです。そのために情報を多角度(多視点)から見る訓練、比較尺度を意識することを講義と教科書を通じて目指します。そのため自然科学的知識・関心ばかりでなく、人文社会科学的知識・関心も必要なテーマです。




田代 朋子
理工学部 化学・生命科学科教授
田代 朋子

薬物依存の恐ろしさを知る
 私たちの周りには、体や健康に関する情報があふれています。真っ赤なウソとは言えないまでも、ごく一部だけを誇張した極端な議論を根拠に、さまざまな食品や化粧品などの機能が誇大に宣伝されています。さらには、ダイエットの薬、気分をすっきりさせる薬などと称して危険な「依存性薬物」が身近に売られていたりもします。このような状況の中で、大学生になったみなさんには、自分の健康、ひいては次の世代の健康を自分で守っていくという自覚を持ってもらいたいという願いから、総合科目「毒と薬」は企画されました。これを契機に、21世紀の常識となりつつある現代生物学の視点を学び、自ら考えて判断できる社会人へと成長していただきたいと思っています。

 私達が使用している薬のほとんどは、生物の作る毒そのもの、またはそれを出発点として化学的に手を加えて作られたものです。狩の道具として、身を守る武器として、あるいは縄張り争いの手段として、生物はさまざまな毒を進化させて生き延びてきました。その多くは、神経系を標的にしています。なぜなら、体の中の情報ネットワークである神経系をかく乱すれば、微量で大きな効果を発揮することができるからです。私が担当する講義のうち3回は、神経生化学の立場から、神経系に作用する毒や薬はどこに、どのように作用するのかを説明し、依存性薬物いわゆる麻薬とはどういうものか、一度試すと止められなくなる「薬物依存」はどうして起こるのか、を考えていきます。そして、これに続いて「薬物依存と犯罪」という、社会の生々しい現実を法学部の西澤先生に話していただくことで、みなさんに認識を新たにしていただきたいと思っています。私のもう一つの講義では、大人の脳にとってはなんでもない環境化学物質の一部が、発育期の脳には後まで残るような重大な影響を及ぼす可能性について問題提起をしていきます。
 私の講義では毎回、図や顕微鏡写真を集めたプリントを配り、イメージとして理解できるよう工夫しています。




西澤 宗英
法学部教授
西澤 宗英

薬物と犯罪
 総合科目「毒と薬」において、私は唯一の社会科学系教員として「毒物・薬物と犯罪」というテーマの講義を担当しています。この講義では、「毒」と「薬」について生物学・化学的側面から行われる他の担当の先生方による講義を受けて、その薬理作用ゆえの「法的規制」の概況と、向精神薬や覚せい剤などそれに違反した「薬物犯罪」の裁判手続を説明することを主な目的としています。
 まず、講義前半では、毒物・薬物の規制に関する「法的規制」の概況、すなわち、「麻薬および向精神薬取締法」をはじめとする法律とその内容(規制の対象、処罰の内容)を示し、続いて「薬物犯罪」の実情を法務省および最高裁判所の統計によって示します。
 そして講義の後半では、私自身が国選弁護人として担当した「覚せい剤取締法違反被告事件」における経験を踏まえながら、薬物犯罪の「捜査から公判までの手続」についての概要を示します。
 この講義から受講生の皆さんに学び取ってほしいことは、毒物・薬物に関する法的規制についての正しい理解、とりわけ、面白半分で薬物に手を出すことが、法的にも重大な結果を招くということ、また、いかに危険なことであるかということです。3人の先生方の講義とあわせて、毒と薬の社会的な意味、そして自分の健康を自ら守ることの大切さについて深く考えていただければ幸いです。
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