メインコンテンツへ
公開講演会『能の中の六条御息所(源氏物語)
―「葵上」「野宮」』概要報告



本講演は西欧の演劇のあり方を探求する上で、600年以上に渡って継承され、現在も興行として成り立っている希有な存在である能の特質を研究員ともども、演劇に関心のある方々に認識してもらうために開いたものである。
能へのアプローチの仕方はさまざまであるが、今回は、来年度成立1000年行事が種々計画されていることもあり、それに先駆け、『源氏物語』を題材にした作品を2点取り上げ、その舞台化にはどのような意義があり、また独自性があるか、などを中心テーマに置いた。
講師として、青山学院大学文学部日本文学科卒業生で現在、能楽協会会員である観世流シテ方である坂井音隆師を招き、中高等部の出身である、観世流シテ方、武田文志師・坂井音晴師、両師の手助けを得て、文学部日本文学科教授、廣木一人が聞き役として行った。

講演は、始めに、音隆師を主として三人の能楽師の自己紹介があり、その中で能楽師の修行の体験、一般の演劇と相違した、伝統芸能ならではの家業としての年少期からの厳しい稽古の積み方などが語られた。続いて、『源氏物語』を題材にした能が『平家物語』のそれを比較し、極めて少ないこと、そこに能という芸能の内容面および舞台化に関わる特質がかいま見られることなどが、能楽師として演じる時の体験を交えて語られた。
その後、『源氏物語』を題材にした代表品「野宮」を取り上げられ、主人公六条御息所の悲しみをしみじみとした季節感の中で音楽として表現するむずかしさ、しかし、そこに原作『源氏物語』とは違った人の心の表象の仕方があることなどが示された。最後には本講演のメインであった「葵上」の前場の末あたりから終わりまでが演じられた。シテ、六条御息所が敵役の葵上(ただし小袖という着物で示される)を打擲している内に、感情が高まりついに鬼(般若)となり、その自らのあり様に苦しむという人間の本性としての悲しみを形象化した場面で、ここにこそ文字だけによるのではない、能独自の表現の仕方があることが端的に示された。
若女・深井・泥眼・般若という能面の紹介、面による演者の作品解釈や心構えの相違の説明もあり、仮面劇としての意義も示唆され、充実した会であった。
文責 廣木一人、プロジェクト研究員
「声」と「身体」の探求――現代欧米詩劇における「ギリシア劇」と「能」の再生
プロジェクト代表 佐藤 亨
ページトップへ