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箱根駅伝(第85回東京箱根間往復大学駅伝競走)33年ぶりの箱根路で最後までつないだ“伝統のタスキ”。ここに青山学院大学の新しい第一歩が刻まれました。




総合順位 11時間29分00秒 22位
往路順位  5時間44分44秒 22位
復路順位  5時間44分16秒 17位


 晴天に恵まれた2009年1月2日(金)午前8時、晴天できれいな富士山も望める芦ノ湖を目指し、第85回東京箱根間往復大学駅伝競走(往路)のスタートが切られました。青山学院大学陸上競技部の“伝統のタスキ”も33年ぶりに大手町をスタート。予選会最下位での出場でもあり、無欲でのチャレンジを掲げたレースに期待が集まりました。
 1区荒井輔君、2区松野祐季君と力走したものの、3区へは最下位の23番目でのタスキリレーとなった本学。3区の米澤類君が5つ順位を上げ、往路の勝負どころ4区、5区に希望が見えました。しかし、“箱根の山上り”の壁は厚く、4区先崎祐也君、5区佐々木徹也君ともにタイムは伸びず、結果的に往路は22位でゴール。トップとのタイム差も11分20秒となり、復路は一斉スタートとなりました。
 なお、往路は、小田原中継所での4分58秒差を大逆転した東洋大学が初優勝を飾りました。
 翌日の復路6区は、往路トップの東洋大学が午前8時ちょうどにスタート。本学は23位の城西大学とともに10分後に一斉スタートとなりました。箱根路はやはり甘くなく、順位、タイムともになかなか伸ばすことはできません。それでも選手たちは必死でタスキをつなぎます。6区岡崎隼也君、7区大坪恭兵君と4年生がつないだタスキを8区の1年生小林剛寛君、9区の2年生辻本啓吏君が懸命の走りでリレー。小林君が区間11位、辻本君が区間6位の成績で力走し、アンカーの宇野純也君に全てを託します。アンカーにタスキが渡った時点で総合順位は21位。しかし宇野君は順位以上に、33年前に実現できなかった10人がつないだタスキを確実に大手町のゴールまで届けるという大きな役割を担っての走りとなりました。
 今年の箱根駅伝は、東洋大学が67回目の出場にして初優勝。その東洋大学から遅れること19分46秒。33年ぶりの出場となった青山学院大学は、11時間29分00秒のタイムで大手町のゴールテープを切りました。総合順位は下位に甘んじましたが、何よりも、33年前に成し遂げられなかった10区間最後までタスキをつなぎ、笑顔でゴールできたことによって、本学の新しい伝統が始まったと言えます。1年生、2年生の快走もありました。次年度以降にも大きな期待を抱かせるレースとなりました。


大きなご声援、本当にありがとうございました。
原 晋 監督
原 晋 監督
 箱根駅伝を経験し、駅伝は「流れ」が大切だとつくづく感じました。誰かブレーキになる選手がいると、予想していた展開が崩れ、それが後を走る選手にも影響して悪循環に陥るのです。優勝候補と言われた駒澤大学がシード権さえ取れなかったことからも、駅伝の「流れ」の怖さが分かります。また、故障を抱え、本調子ではなかった選手が通用するほど、甘くない世界であることも実感しました。選手起用の面では、監督として反省点も残りました。
 しかし、選手たちは力一杯走ってくれました。毎日一緒に生活し、さまざまな悩みや苦労に耐えながら練習を重ねてきた選手たちの晴れ姿を監督車から見ていると、本当に感慨深いものがありました。今回の経験によって、新チームは一段階高いステージに上がれるはずです。大きな声援をいただいた皆さんのためにも、来年以降も箱根駅伝への出場を継続し、一歩ずつレベルアップを図りたいと思います。ご声援ありがとうございました。


先崎 祐也 君
先崎 祐也 君


 走っていて「青山学院大学」の幟が、一番多く目に付きました。声援の大きさに圧倒されたほどです。本当に多くの方々に支えられて、自分たちは箱根駅伝を走っていることを感じました。皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。
 自分自身の走りは満足できるものではなく、できることならもう一度走りたくて仕方ないのですが、実際に「箱根駅伝」を走って感じたことを、後輩たちにしっかりと伝承し、新チームの飛躍を期待したいと思います。
宇野 純也 君
宇野 純也 君

 先頭チームから20分離されることなく、前の9人がつないでくれた“青学のタスキ”を、無事に大手町まで届けることだけを考えて走りました。想像以上にすごい声援のなかを走れる選手は本当に幸せです。大きな声援に後押しされた結果、3人の選手を抜けたのだと思います。
 実は、成績的には下位だったので、どういう表情でゴールすべきか走りながら悩んでいたんです。でもゴールの向こうで待つ先崎君たちの満面の笑顔が見え、自分も最高の笑顔でゴールしようと思いました。
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