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モンゴル国サンジャー・バヤル首相を迎えての特別講演会   「モンゴル国の鉱山政策と国際協力」

 7月17日(金)、青山学院大学総研ビル12階大会議場にて、モンゴル国のサンジャー・バヤル首相を迎えての特別講演が開催されました。当日は、満席(約250名)の中、本学のモンゴル留学生等を交えて活発な質疑応答も行われました。
 モンゴル国は、内陸の発展途上国であり、日本の約四倍という広大な国土に人口はわずか約270万人。ソビエト連邦下での社会主義国家から1991年に市場経済国家へと大転換して以来、様々な意味で発展の途上にあり、近年の経済成長率は8%前後と高い水準にあります。モンゴル政府は、日本をロシア・中国と並ぶ第三の隣国と位置付けて貿易・経済や外交面で積極的な交流を進めていく方針を強く打ち出しています。


 2007年におけるモンゴル経済に占めるサービス業の割合は47%、農牧業が32%、工業が20%でしたが、翌2008年には、同じくサービス業が43%、工業が34%、農牧業が23%となりました。つまり(現在約6000万頭の家畜を含む)伝統的農牧業の占める割合が低下し、工業、その中でも鉱山業の成長が著しく、2000年の水準と比べるとほぼ3倍に増えて国家経済に鉱山業の占める割合は非常に大きくなっています。しかし2008年半に発生した世界的な金融経済危機によってモンゴルの経済、社会分野にもマイナスの影響があり、産業構造にも悪影響が生じました。
 2009年の最初の5ヶ月間の商品生産額は、昨年同期比で8%の減産で、その理由は主に建設部門の収入が激減し、不動産価格も下落。特に銅の国際価格が急落したため2008年6月の水準と比較して2009年は30%の減収となりました。ただし今は銅の国際価格は回復しつつあるためモンゴル経済も好転しつつあります。
 世界銀行の算出した世界各国の所得水準分類では、モンゴル国はすでに低所得国のグループから脱し、中国、タイ、インドネシア、イラン、インドなどと同じ中所得国、lower middle income countriesに分類されるに至りました。金融危機による不況から脱し、今後さらに経済を発展させるには鉱山分野の開発すなわち「発戦略的鉱床の開発」が不可欠です。
 モンゴル国のGDPに占める鉱物資源分野の割合は、2002年に10%でしたが、2008年にはほぼ3倍となり30%に近づいています。国内の工業総生産に占める鉱物資源の割合は2002年以降の6年間で20%増大し、現在60%以上を占めています。輸出金額の80%は鉱物資源分野が占めています。主な埋蔵資源である銅、金、石炭、鉄鉱石、ウラン、銀などの鉱床を、緊急に開発をすることが最優先課題です。


 特に、オユトルゴイ鉱山(主に銅。推定埋蔵量は銅が3000万トン、金が1000トン)の採掘と製鋼工場の建設、またタバントルゴイ鉱山(石炭。推定埋蔵量60億トンの4分の1がコークスという非常に質のいい石炭)の石炭加工工場と火力発電所の建設、他に幾つかの鉱山開発が予定されています。すでに操業30年になるエルデネット銅鉱山工場の設備機器の更新を段階的に実施する必要があります。エルデネットでは純銅と酸化モリブデンの生産といった案件があります。いずれも外資による技術協力が不可欠です。
 特に、日本には鉄鉱石の採掘生産加工の技術など優れた技術があります。オユトルゴイについては、カナダのアイバンホー・マインズ社やイギリス・オーストラリア合弁のリオ・ティント社とモンゴル政府の間で投資契約締結協議が進行中であり、現在モンゴル国の国会において契約文書案が審議されています。
 現在モンゴル国政府に対して、具体的な提案を出している世界的な企業体の数が13あり、日本の三井物産、伊藤忠、双日なども投資へ強い関心を示しています。
 特に(世界で5本の指にいるとされる)ウラン、鉄鉱石の探査、加工についての関心が日本側から表明されており、このことは両国の鉱山分野への投資、技術移転、専門的人材育成などでさまざまな協力が可能であるということを意味しています。
 鉱山開発も含めて今後は両国に利益が確保できる”win-winの関係”が望ましいといえます。また、両国経済協力を強化するために、経済連携協定(Economic Partnership Agreement:EPA)が締結されるならば、両国の経済、貿易はさらに拡大する機会となります。
 ウラン鉱石については、単に原石で海外へ輸出するのでなく、国内においてウランをイエロー・ケーキという段階に濃縮加工し、2012年ぐらいまでには輸出ができるような計画を検討しています。
 モンゴルに鉱物資源があるからといって国土全体を鉱山として掘るわけにはいきません。当然、人間がその上で生活しているのですから、日本の観光客のためでなく我々モンゴル国民が人間らしく生きるために自然を生かしていかなければなりません。

【今回の特別講演会は、本学WTO研究センターの研究プロジェクト“日本・モンゴル経済交流促進のための共同研究”に関わる一環という位置づけです。首相閣下の大学招聘にあたっては、民間外交推進協会(FEC)、在日モンゴル大使館、在モンゴル日本大使館、外務省などの関係諸機関に多大なるご支援を頂戴しました】

文責 岩田伸人 青山学院大学WTO研究センター所長


以下に、バヤル首相と青学生の質疑応答を掲載します。




質問:青山学院大学経営学部4年 石黒 雄大
 「モンゴルの国民は、自国の発展のためにモンゴルの政府や政治に対して、一体どのようなものを最も期待していると思われますか」

バヤル首相
  「いい質問です。モンゴル国は非常に豊かな国だといわれます。たとえばウランの埋蔵量においては世界5本の指に入るといわれています。オユトルゴイの鉱山における推定埋蔵量は銅が3000万トン、金が1000トンといわれています。タバントルゴイ鉱山には良質の石炭が60億トンあり、本当に資源豊かな国です。他方、人口はたったの260万人です。6000万頭の家畜を保有する牧畜業は今後もモンゴル国の基盤産業であり続けます。これも貴重な資源です。私は今こうした物質的なものに限って申し上げましたが、こんなに豊かなのに、どうしてモンゴル国民はこんなに貧しいのかということが、いつも政治家に問われることです。
 ですから、モンゴル国の国民は、モンゴルの政治家から何を望んでいるかというと、この地下の資源、また地上にある生きた資源を、このすべてを国民の生活を向上させるために、生活水準を良くするために利用して欲しいということを政治家に期待しているわけです。
 もちろん鉱山分野の開発は我々の直面する課題です。けれどもただ鉱山を開発するだけで、国が豊かになり、国民の生活が良くなるかというとそうではありません。なぜかというと生活の質は、物質的なお金だけではなく、教育であり、健康、保健分野、特に社会衛生、社会の健康、それから誠実な公正な社会という多くのものがそこには関わるわけです。私たちは今日の状況において、もちろん鉱山の開発のために大きな力を尽くしています。しかし最も大事な分野というのは、実は鉱山分野よりも教育かもしれません。
 百年前に、モンゴル国は世界的にも遅れた国といわれていました。100年前の人口はたったの40万人、その中で教育を受けた、つまり文字が読める、書ける人の数はたったの3割でした。今日の状況は全く違います。
 私たちはある時期、ユネスコから表彰された国です。それは非常に短い間に国民のすべてに教育を受けさせたからです。また保健、医療分野に関しても非常に発展させることができました。しかし、今日我々が望む水準に至っているかというと、残念ながらそうは言えないというのが現実です。
 その意味で、国民の所得向上、国民の生活の質の向上、特に若者への教育支援、年配の方への平和に健康に暮らす生活、これらこそ、モンゴル国民がモンゴル政府や政治家に期待しているものです」




質問:青山大学経営学部4年 佐藤 智哉
 「先ほど、日本とモンゴルの交流というお話がありましたが、日本とモンゴルは今後さらに交流を拡大するには、モンゴル側と日本側のそれぞれが何をどのようにしたらいいとお考えでしょうか。それぞれの政府と民間の立場でご意見をお聞かせ願いたいと思います」

バヤル首相
 「モンゴルと日本の関係、交流は公式には総合的パートナーシップという定義づけがされております。総合的パートナーシップの中には政治的に良い関係、経済的に活発な関係、また人と人との関係が含まれていると考えています。
 政治的な交流関係においては、モンゴルと日本の間にはいかなる未解決な問題もありません。まさに日本と外交関係を樹立して37年になりますが、モンゴル国が1990年以降、民主化、市場経済化の道を歩み始めた当初から、日本国はモンゴル国に対し多大なご支援、援助を賜りました。いわゆる西側諸国から、特に経済分野において最大の援助をした国が日本国であり、これを私たちは高く評価し決して忘れてはいけないと思っております。
 しかし、今日の経済ビジネス交流は、そのそれぞれの可能性を活かしているかというと、残念ながら充分ではありません。つまり私たちにはもっと可能性があるけれどもその可能性が十分使われていない。それはモンゴル側にも誤りがあるかもしれません。つまりわが国はかつて社会主義という体制で生きてきた。その中では用意されたものを使う、用意されたものをもらうという意識から逃れられていないかもしれない。つまり、誰かから、ものを請うて援助を要請しながら今までずっと来た。今後も実際には日本からの経済協力、援助というものは必要であることは事実です。単に経済援助をいただくのではなく、将来的には、その経済協力、援助が必要でなくなることこそが我々の望む将来の道です。それは日本側も当然同じ考えであると考えています。
 つまり、今回訪日の際に、ウランの開発に関して両国の間で公式文書に調印いたしました。これはもしかしたら天の神様か、自然の神様か、わかりませんが、日本とモンゴル、モンゴルと日本の両国が近づくように運命を授けたのかもしれません。つまりウランという埋蔵量においてモンゴル国は世界で有数の国です。
 一方、日本はこのような核、原子力燃料に関して非常に需要がある国です。また原子力技術において日本は世界でも有数の先進国であります。この核エネルギー、原子力エネルギーの技術においては、日本の水準に至っているような他の国はないといってもいいでしょう。最近の30年間、日本は30以上の原子力発電所を建設しました。しかし、原発を開発して30年間の間に一つも原子力発電所を建てていない国もあります。
 つまり日本の技術に関して、我々が強い関心を持っている理由は、日本の技術が環境に優しい、非常に安全な技術だからです。
 言うまでもなくモンゴル国の資源の一つは自然です。モンゴル国が将来も維持していかなければならないのは、この素晴らしい自然です。いかに鉱山、工業を発展させても、それが間違った発展であるならば、我々の国土をまるで月の表面のように穴だらけするのならば、それはあってはならないことであります。その意味で日本とモンゴルはお互いに無いものを補完しあうことができる、お互いがお互いを助けることができるそういった運命を持った両国国民であると我々は考えているわけです。
 多くの日本の観光客の皆さんが、モンゴルにいらっしゃいます。日本の観光客の皆さんはモンゴルに来て一体何を見るのだろうと。私は若いときにびっくりしていました。わが国にはその時期も今でもそうですが、特に何かの観光地と呼ばれるような、たとえばカジノがあるわけではありませんし、それでも日本の方は沢山モンゴルにいらっしゃいます。モンゴルの何が日本の人を惹きつけるのか。それはモンゴルの大草原で星を見たいからだと。そしてモンゴルの大草原には人工的なものがない、草原の素晴らしい匂いを嗅ぎに来るのだと。モンゴルに行って馬に乗るのだと。またモンゴルで魚を釣るのだと。私たちにはこれだけ豊かな自然があります。日本の人にとって必要な、日本の人が見たいと思っているものがこれだけ沢山あります。
 またモンゴルには、日本で教育を受けたいという若者が沢山います。なぜなら日本の教育は、世界で最高水準にあることが認められているからです。それはもちろん知識にとどまることではなく、日本の方々の勤勉性を私たちは学ばなければなりません。
 私たちはもともと遊牧民でありました。もともと遊牧民は怠け者かもしれません。我々は自分自身も批判しなければなりません。日本の方々は非常に苦しみ、労働の厳しさを知っている。そういった農耕民であったために、勤労の厳しさを知っている。これを我々は学ばねばなりません。それは我々にないものを日本から得るものです。
 こうして、両国国民はお互いに助け合いながら、最近の20年間大変良好な関係を築き上げてきました。先ほど私は両国の関係を総合的パートナーシップと申し上げましたが、我々の目標・目的は、ただ単にウランやインフラや農牧業、それにとどまることなく、教育、学術研究すべてにおいて、総合的に戦略的パートナーになるということが我々の目的です。その意味で両国の交流を拡大するために、先ほど佐藤智哉さんから質問がありましたが、なるだけ簡単に話そうと思いましたが、随分長くなってしまいました。どうもありがとうございました」




質問:青山学院大学文学部3年 バヤルサイハン・ゾルジャルガル
 「私はモンゴル国立大学から青山学院大学に留学しています。一つ質問がありますが、今日の世界的な資源不足の中でモンゴル政府はモンゴルの鉱物資源、銅、鉄、ウランなどをどのように使いますか」

バヤル首相
 「どうもありがとう。モンゴルの女性が私に日本語で質問してくれるのは非常に嬉しいです。非常に素敵なことです。私はモンゴル国立大学からこちらの青山学院大学で学んでいるこの美しい女性に学問の成功をお祈りします。
 我が国には、資源が非常に豊富にあるということは先ほども申し上げました。まだ私たちが知らないものもあります。今まだ、地質調査、探査が完全に終わったわけではありません。先ほど私が申し上げた幾つかの銅、金、石炭、銀、鉄など、これらの多くの鉱山は、かつてはモンゴルが社会主義体制にあった時代に、調査、探査された案件であるけれども、それは完全に探査し終わったわけではありません。
 最近の数年間でも外国の企業が炭鉱の探査を行っています。この中には世界的にも非常に珍しい非鉄金属、レアアース rare earthと呼ばれる稀土類、それらの新しい地下資源があることは推定されています。
 ウランについては、日本と共同で開発したいという考えを持っています。探査の結果としてウランの埋蔵量は現在6万トンと推定されていますが、研究者、学者の間にはこの数値は6万トンではなく、もしかすると160万トンあるかもしれないとの意見があります。これは我々が十分にそれを調査しきれていないということです。
 これをどのように利用していくかということに関して、まだ初期的な段階としては、これから5年の間に、一年に一つずつでも大規模な鉱山開発に移っていきたいというのが近々の目標です。
 たとえば2009年には、先ほど申し上げた金と銅の大規模鉱山をカナダのアイバンホー・マインズ、またイギリス・オーストラリアのリオ・ティント社との間で投資契約を結ぼうとしています。
 来年はタバントルゴイという石炭の鉱山に関して、国際的に大きな共同事業を行うための準備をしています。2010年に間に合わなければ2011年になるかと思いますが、日本とフランスとロシアと他の国とも共同でウランに関して探査と採掘を、そして採掘にとどまることなく原料で輸出するのではなく、国内においてウランをイエロー・ケーキという段階に濃縮加工し、2012年ぐらいまでには輸出ができるような計画を持っています。
 わが国には多くの鉄鉱山があります。ゴビ砂漠地域にも北部地方にもあります。これらの案件を今後4年間のうちに開始に移りたいと思っています。
 私たちは、資源を持っていても国土全体を鉱山として掘るわけにはいきません。当然、人間がその上で生活しているわけですから、日本の観光客のためではなく我々モンゴル国民が人間らしく生きるために自然を活かしていかねばなりません」




質問:青山学院大学法学部3年 村上 紫麻子
 「本日は貴重なお話をありがとうございます。本日は首相がモンゴルの国家と国民性で誇りに思う部分をお聞きしたいと思いました。先ほど大草原のことをお聞きしましたので、もしよろしければ国民性のほうを主にお聞きできればと思います」

バヤル首相
 「非常に難しい質問です。自分たちのことを評価するのはなかなか難しいですが、モンゴル人はまず自分たちの国を誇りに思います。私自身、モンゴルの国のように歴史豊かな国はないと思います。
 私がモスクワで学生だった頃、私に質問した人がいて非常に答えに困ったことがありました。お前はどこから来たのだと。モンゴルから来たというと、お前さんはどっちのモンゴルだ、中国のモンゴルかロシアのモンゴルから来たのかと聞かれるのです。私はこういう質問をされて非常に悲しい思いをしました。
 ですが、最後にはどう答えればいいかということを覚えました。つまり、私に対してそういうふうに質問することに対して、どう答えたかというと、一時、モンゴル国は中国の一部であった、それは300年以上、満州という清の国の支配下にあったことは事実である。その後20世紀にはソビエト連邦という政治の衛星国、サテライトとなったというのも事実である。しかしそれよりも数百年前、ロシアも中国もモンゴルのサテライトであったと。だからモンゴル人は自国の歴史を非常に誇りに思うわけです。
 先程、駐日モンゴル大使館のジグジッド大使が、私に切手を下さいまして、それは日本人が作った切手です。ミレニアム、Mongolia the millenniumという千年紀の一人、それは私たちが尊敬してやまないチンギス・ハーンをデザインした切手でした。私たちモンゴル国人は、チンギス・ハーンを非常に誇りに思います。
 かつて私は、在ロシアの大使でありましたが、私はロシアの政治家と外交官と知り合いがあるほかにも、ロシアの民間企業の方にも多くの知り合いができました。そして彼らがパートナーであるロシアの有名なビジネスマンがパーティーのコーナーに立って、私のほうを見て笑っていました。モンゴルの大使がいるから聞いてみようということで私に質問したのです。ロシア人同士で議論になっていたと。チンギス・ハーンは奥さんが何人いたのか。この人は100人いたというし、私は500人と聞いたが、などです。
 私は、またちょっと嫌な気分になったわけです。チンギス・ハーンは何人奥さんがいたって、一体こいつらは何を考えているのか。そんなこと私は知らないと答えました。そんなことは私にとって重要なことではないと。彼らは私に向かって、では何が重要なんだと質問しました。
 皆さんは御存じですか。かつて2003年にロシアの有名なビジネスマンであるミハイル・ホドルコフスキーが逮捕されました。彼は今も牢屋にいる。その彼が2003年の秋であったか、逮捕され投獄されたわけですが、ロシアのビジネスマンが私に聞くと、私はチンギス・ハーンは他のもので有名であると。それは、チンギス・ハーンは外交制度というのを世界的に広げた人である。つまり私はディプロマット・パスポートを持っているから、どこに行っても逮捕されることはない、こういう外交特権といったそういう外交制度というものをチンギス・ハーンは世界に作り出したわけです。国際的に、国際連合においても国際法上最も尊重されている制度はチンギス・ハーンが作り上げたのです。
 たとえば税制度、皆さんも税金を払っています。私も皆さんと同じく税金を払っています。この税金という制度を使って国家が財源を国民から徴収して国の仕事をするわけです。この税制度は一体誰が作ったのでしょうか。これもチンギス・ハーンが作りました。
 私はその(チンギス・ハーンは何人の奥さんがいたかと)質問した人に向かって、あなたは10人のシステムを知っていますかという話をしました。これは何かというと、例えば、ビル・ゲイツは自分の会社をチンギス・ハーンが作った企業経営のシステム、一人の人が10人の人を指導することができる。10人以上いるとそのチームは経営が緩んでしまう。つまりこの10人コ制度は、チンギス・ハーンが作り出した制度であって、これをビル・ゲイツのマイクロソフトが利用しているような経営のシステムです。これはビル・ゲイツがテレビで話していたことを聞いたことがありますが、これもチンギス・ハーンが先駆けて作り出した制度です。
 こういったことについて、皆さんは、チンギス・ハーンに100人の妻がいたか500人の妻がいたかというのは全然取るに足らないことが御わかりでしょう。
 私たちはモンゴルの歴史を誇りに思い、チンギス・ハーンを誇りに思うけれども、ただ過去だけを誇りに思うのは正しくないと思います。私たちは今日、今を誇りに思わなければなりません。
 私たちは、現在、自分たちを誇りに思うことはそれほど多くはないかもしれません。けれども、将来、未来を誇りに思いたい。それは未来が非常に保障された確実な幸せを生活できるといったようなことを、私たちが誇りに思わなければならない。つまり、私たちが誇りに思うことは、今、これからあるものであるということを申し上げたいと思います」
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