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総合文化政策学部「ラボ・アトリエ実習」で2つのコンサートをプロデュース

総合文化政策学部では、キャンパス周辺の文化資源を活用して創造・発信の現場で学ぶ「ラボ・アトリエ実習」を展開しています。2009年度に開講された12のプロジェクトのひとつ、「ACLライヴ・ミュージック・シリーズ」では1年間の活動の成果発表を行うために「青山音楽ラボ」を組織し、3月13日にシンガーソングライターの中川晃教氏をフィーチャーしたコンサート「中川晃教 meets 青山学院」を、3月25日に渋谷・青山という街の時間的・空間的な広がりを音楽と映像で表現したギャラリー・コンサート「街波~青山 10.3.25~」(作曲家の石川泰氏ほか計5名の出演)を企画・開催しました。

「ACLライヴ・ミュージック・シリーズ」の狙いと1年間の感想、今後の展望について、音楽評論家としての経験を活かして「青山音楽ラボ」を主宰してきた宮澤淳一准教授に聞きました。

宮澤淳一准教授
総合文化政策学部
准教授
宮澤 淳一

――「ACLライヴ・ミュージック・シリーズ」を開講された経緯を教えてください。

総合文化政策学部の学生は、各種の講義や演習を通して様々な思想・文化・芸術に触れ、またそれらの社会の中での位置付けを考え、実践につなげていきます。「ラボ・アトリエ実習」はその「実践」にあたる部分ですから、発信側として「文化」をどのように扱うかを学んでいくことになります。私が受け持った「ACLライヴ・ミュージック・シリーズ」は、コンサートの企画・運営を通して、文化・芸術を人々と分かち合うことの喜びと大変さを実感してもらいたいと思って開講しました。

また昨年完成した青山学院アスタジオの設備を有効に活用出来ることや、1年間で何かしらの成果が残せるということも開講した理由のひとつです。定員12名を設定したところ、2倍以上の学生が履修を希望してきました。みな感性豊かでやる気があったのですが、選考の上、泣く泣く14名に絞ったという経緯があります。


――1年間の活動の流れはどのようなものでしたか?

主たるイベントとして、クラシック音楽の小規模なレクチャー・コンサートを考えていましたが、諸般の事情で身動きがとれなかったため、むしろ、学生たちの立案するコンサートの実行に指導を絞りました。学生たちはA班とB班の2つのグループに分かれ、それぞれのグループで1回ずつのコンサートを考えたのです。両班の企画の詳細が決定し、具体的な準備や音楽事務所との交渉に入り始めたのは夏休み頃でした。企画運営の具体的なノウハウと心構えについては、多数のクラシックCDの制作やコンサート企画を手がけてきた本学出身の音楽プロデューサー、川口義晴氏に協力教員として随時指導していただきました。

企画が先に進んだのはB班の「中川晃教 meets 青山学院」の方でした。A班の企画は、招聘希望アーティストの音楽事務所との条件があわず、秋頃から別の模索を始め、最終的に本学非常勤講師で作曲家の石川泰氏に声をかけ、青山の街の空間を音と映像で再現する個性的なギャラリー・コンサートを実現することができました。




――1年間の活動を振り返ってどのような感想をお持ちでしょうか。また改善すべき点としてはどのようなことがありますか。

コンサートそのものについては、紆余曲折がありながらも、いずれの企画とも十分な観客を動員でき、評判も上々でした。営利を目的とせず、しかしチャリティでもなく、学生が大学の中で、授業の一環だからこそ出来るものをやりたいと思い、それが実現できたので、総合的には満足のいく結果が残せました。チケット頒布や寄付を募ることの難しさ、さまざまな方針の変更等もありましたが、それも学生の掲げた理想が高かったからでしょう。それにしても、学生たちはやはりメディア世代ですね。プロモーションビデオを作ってウェブで動画配信しようという発想が学生側から自然と出てきたのは、こちらが思ってもみなかったことでした。

改善すべき点としては、学生の関心の幅をもっと拡げるべきだったことが挙げられます。学生には、未知の音楽やアーティストの開拓にさらに乗り出せるような素養をもっと身に付けてほしいですね。音楽もいろいろなジャンルを知ってほしいし、美術や文学や演劇や映画にももっと触れてほしいのです。知らない世界を知ってこそ、感性はさらに磨かれるのですから。今後は学部の必修講義の中で美術館、劇場、映画館等へ行った体験を報告するレポートを課すなどして、様々なメディア・イベントに触れる機会をいっそう増やしていきます。




――大学の授業として、どのような教育効果が挙げられるのでしょうか。

なにより挙げたいのは、学生たちが自分たちのやることに「自信」を持てるようになったことです。自分たちが素晴らしいと信じる音楽をどうしたら人に受け入れてもらえるかを、彼らは必死に考えてきました。1年間かけて、失敗も味わいつつ、グループでひとつのプロジェクトを達成し、外部に発信できたのは、彼らにとって大きな自信となりました。その中で、メールの書き方や、いわゆる「ホウ・レン・ソウ」(報告・連絡・相談)の大切さなど、実社会に出てから大切になるマナーやノウハウにも学生は少しずつ慣れることができました。


――今後の展望としてはどのようなことを考えていらっしゃいますか。

2010年度の「青山音楽ラボ」の活動については、私は協力教員の立場にまわって、今度は川口義晴氏に中心となってご担当いただき、存続します。ただし、今年度とは少しスタンスを変えて、自分たちでコンサートを企画することを第一義に据えません。むしろ、社会に出てからでは学べない、音楽芸術の素養をつけていくことに主眼を置きます。川口氏がプロデュースする録音やコンサートの現場に立会うことからも多くを学んでもらいます。その上で様々な条件が折り合えば自主的な企画も打ち出していければと考えています。

また、私の方では、新しく「映像翻訳を通して世界と関わる」というラボを創設しました。日本映像翻訳アカデミーの協力を得て、実際に映画祭に出展される作品の字幕作成に、現在学生10名が取り組んでいます。こちらでも学生の感性が輝いています。ご期待ください!

 

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