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クラブ・サークルに不可欠な

 青山学院のスクール・モットーは「地の塩、世の光」。世の中を明るく照らし、より良い方向へと導く“光”の背景には、目立たないながらも、重要な役割を担う“塩”の存在が必ずあります。今回の座談会には、箱根駅伝において2年連続のシード権獲得を成し遂げた「陸上競技部」と、4年振りに関東大学対抗戦のAグループへの昇格を果たした「ラグビー部」で、それぞれ“縁の下の力持ち”である主務を務めた2人の学生が登場。さらに取材を通してクラブ・サークルの活躍を広く伝える「新聞編集委員会」、選手たちの力となる力強い声援を送る「応援団」の代表者も加え、クラブ・サークル活動を通じて経験した数々のエピソードを聞きました。

君島 健太 君
陸上競技部
国際政治経済学部4年
君島 健太 君


浦井 亮介 君
ラグビー部
経済学部4年
浦井 亮介 君


加藤 惇也 君
新聞編集委員会・
第一部卒業
アルバム委員会
法学部4年
加藤 惇也 君


霜垣 真由美 さん
応援団
総合文化政策学部3年
霜垣 真由美 さん


――今日は、クラブ・サークル活動において重要なポストで活躍している方々に集まってもらいました。まずはそれぞれの所属団体の活動内容と自身の役割を教えてください。
君島 陸上競技部では、正月の箱根駅伝を最大目標に、朝は5時に起きて練習、夜は22時に就寝するストイックな生活を町田寮で送っています。部全体が一丸となって練習・日常生活に向きあった成果として、2010年度は創部以来初めて出雲駅伝に出場し、箱根駅伝でも2年連続のシード権を獲得できました。
 私は2年生の夏に選手から主務に転身し、さまざまな事務業務、取材の窓口業務など、チームの後方支援に携わりました。
浦井 ラグビー部はちょうど私が入学した年に、それまで長年所属していた関東大学対抗戦のAグループからBグループに降格しました。その後、毎年入替戦までは進むものの、あと一歩で昇格できないという状態が続きましたが、それでも2010年度にようやく入替戦に勝利し、Aグループに返り咲くことができました。
 私は3年生で副務、4年生で主務を務めました。監督や主将とは違った視点から、どうすればチームが勝利できるかを常に考えていたので、Aグループ昇格を果たせてホッとしています。
加藤 『青山学院大学新聞』を年10回発行している新聞編集委員会では、情報集め、取材、写真撮影、記事作成、編集、発送などの業務をすべて学生の手で行っています。2年生の秋から委員長を務め、新聞制作の実務とともに、学友会運営委員会にも携わり、学生の課外活動全体に関わる役割も担いました。
 また3年生で役職引退となるため、それからは第一部卒業アルバム委員会に所属し、委員長を務めました。新聞の取材等で得た人脈とカメラ撮影の経験を見込まれて大学側から声をかけていただいたのですが、みんなの力でひとつのものを作り上げる喜びは新聞もアルバムも同じなので、とてもよい経験ができたと思っています。
霜垣 応援団は、みなさんもイメージされている通り、運動部の応援が主な活動内容です。ただし、学ランを着て、リーダーを振るといった目立つ部分だけでなく、本番までの段取りや準備も大切にしています。現在は最上級生の私が団の運営を担っていますが、応援団の目的は、スポーツ応援を通して、そのチームだけでなく“青山学院大学全体”を活気づけることです。そのためスポーツ応援に限らず、学校行事や学内におけるボランティア活動などにも積極的に参加しています。
――陸上競技部とラグビー部も新聞編集委員会や応援団とは、かなり積極的な交流があったのでしょうね。
君島 そうですね。取材を受けて記事に取り上げていただいたり、駅伝当日は応援団を筆頭として、多くの方々に盛大な応援で盛り上げていただいたりと、本当に多くの方々に支えられていることを実感できました。また、選手たちも周囲から注目されていることを意識できるので、それが大きな力になりました。
浦井 私も取材依頼の窓口を務めましたが、取材されるのは本当にうれしいことでした。とくに最近はラグビー人気が下降気味なので、知名度を少しでもアップさせるためにも記事にしてもらえるのはありがたかったです。取材が入ることを選手たちに伝えると、いつもみんな喜んでいました。
加藤 新聞を作る側としては、いつも貴重な時間をいただいて恐縮しながらの取材でしたので、「力になった」「ありがたかった」と言っていただけると本当にうれしいです。
浦井 ただ、応援団はラグビーの試合で見たことがなかったです…。
霜垣 すみません。いま部員が6名しかいないので、なかなかすべての競技の応援に行くことができなくて…。でも、今回ラグビー部の方の話を聞いて、ぜひ応援に行きたいと思いました。
浦井 試合日程を伝えるよう後輩に言っておくので、来年度は応援に行ってやってください(笑)。
霜垣 はい。Aグループ上位にいけるように、少しでも貢献したいと思います。

   

――近年のみなさん共通の大きな話題といえば、やはり「箱根駅伝」でしょうか。
加藤 2009年の「33年振り箱根駅伝出場」はインパクトがありましたね。正直、本学が箱根駅伝に出場するなんて考えてもいませんでした。紙面を構成するのに、箱根駅伝をどう取材すればいいのか何もノウハウがなく、青山スポーツと卒業アルバム委員会と連携しての取材は、統括役ということもあり大変でしたが本当によい経験になりました。あのときは号外も発行しましたし、読者から大きな反響があったことを覚えています。
君島 実は「箱根」のノウハウがないのは、我々選手も同じでした。33年振りとはいえ、ほとんど初出場のようなものでしたから。いま思えば、監督も選手も手探りで大会に出場した感じだったかもしれません。でも「箱根駅伝に出場した」という経験は大きく、本当にチームの“財産”になりました。その成果は、翌年以降2年間のシード権獲得という成績に表れていると思います。
霜垣 応援団にとっても「箱根」は特別です。とにかく人の多さに圧倒されました。青学の学生、卒業生などの関係者はもちろん、家族が青学関係という人から通りかかった一般の人まで、本当に大勢の人が一体となって応援しました。私たちが応援をリードするわけですが、どんどん盛り上がっていくのが自分でも分かりました。普段6人で活動していることもありますが、大人数でのあの一体感はなかなか体感できません。「箱根」を通じていろいろな人と繋がり合うことができたと思います。
浦井 他の運動部の活躍は自分たちにとっても大きな刺激になります。陸上競技部の33年振りの箱根駅伝出場、そしてその後のシード権獲得の快走は、私もうれしく、ずっとテレビの前で応援していました。
 先ほど、「箱根駅伝に出場したときの経験が後に生きた」との話がありましたが、やはり“本番”は独特の雰囲気なので、いかに自分の力を出し切れるかが勝負です。実はラグビー部でも、Bグループに降格してから「入替戦」という独特のムードに圧倒されていた部分がありました。Bグループでは圧勝を続け、自信を持って試合に臨むのに、何故か当日の雰囲気に飲み込まれていたのです。今年度は過去の経験もありましたし、それ以上に強い気持ちで試合に臨んで昇格を決めることができました。本番で力を発揮することの苦労を知っているだけに、本番の「箱根」で結果を出せる陸上競技部はすごいと思います。
君島 確かに選手たちの強い気持ちもありますが、やはりその気持ちを支えてくれたのは、たくさんの方々の声援でした。箱根駅伝に出場したことで、自分やチームを支えてくれる方々の存在に気づくことができたのは本当によかったと思います。

   



――日々の学生生活で苦労したことや、大変だったことはありますか。
霜垣 私は総合文化政策学部の一期生なので、先輩がいない不安はあります。これから就職活動も本格化しますが、自分たちがパイオニアになるので、期待と不安が半々です。それでも個性的で頼れる先生方が多いことは心強く感じています。実は私が応援団に入ったのも、学部長であり、応援団の顧問でもある杉浦勢之先生からの勧誘があったからです。最初は「女の子が応援団?」と思いましたが、いろいろな経験を積めたこともあり、いまは感謝しています。
君島 最初は選手として陸上競技部に入部したので、なかなか記録が伸びなかったときはつらかったです。そして何より、監督から主務への転向を打診されたときも、本当に悩みました。ただ監督から主務に指名されたのは、自分に何か適性を見出していただいたからだと前向きに考えたんです。決断したからには徹底してやろうと思い、主務になってからはひたすらチームに貢献することに集中しました。
浦井 ラグビー部では選手と主務は兼任なので、みんなと同じ時間練習をしたうえで主務の仕事がプラスされる形になります。結構時間も取られるし、選手と主務の両立は想像していた以上に大変でした。それでも主務をしたからこそ経験できたことがたくさんあります。例えば、主将や副主将よりも多くの人と知り合い、つながりを持つことができました。ラグビー部を応援してくださる方々の思いを直接肌で感じることができてうれしかったです。
加藤 新聞を発行した後で、記事にミスが見つかったときは本当に落ち込みます。関係各所にお詫びにいったり、最悪のときは配布分をすべて回収したうえで刷り直しもしました。一文字一文字の大切さを身をもって体験しました。
君島 スポーツ競技だけでなく、例えば新聞作りも同じでしょうが、何か成果を追い求めるときには、つらいことの方が多いと思います。日々の練習や規律に厳しい生活など、90%ぐらいはつらい経験かもしれません。でもつらければつらいほど、よい結果が出たときの喜びは何倍にも大きく感じられるんです。
浦井 その通りですね。入替戦に勝利してAグループ昇格が決まった瞬間は、もう号泣しました。それまでの忙しく大変な主務の仕事も、あの1勝によってすべて報われたと思っています。
加藤 確かに紙面に掲載できる記事がないときに、あちこち歩き回ってようやく見つけた記事には愛着がわきます。それに「箱根」の取材のように、正月休みを返上して大変な思いをして作った新聞が、多くの人に読まれて反響があったりすると、いつもの何倍もうれしかったですね。

   



――あらためて青山学院大学の印象を聞かせてください。
浦井 とにかくキャンパスがきれいです。とくに相模原キャンパスを初めて見たときは驚きました。
加藤 相模原キャンパスの美しさには確かにびっくりしました。ゆったりとした敷地に緑も多く、絵に描いたようなキャンパスです。
霜垣 総合文化政策学部は青山キャンパスでの活動が中心なので、相模原で学ぶ期間が短かったのは、少し残念です。ただ私は中等部から10年間「青山」で過ごしているので、「青山」の雰囲気はとてもに気に入っています。10年通っている経験から言えば、青学には個性の強い人が集まっていると感じています。そして同時に、その個性をお互いに受け入れる土壌があると思います。
加藤 入学前は、もっと軽い学生が多いイメージが強かったのですが、入学してみると思った以上に真面目でしっかりとした意志を持っている人が多いと感じました。それとチャレンジ精神旺盛な人には「何でもやってみろ!」と大学が背中を押してくれる雰囲気や優しさを感じます。
君島 私も青学には、学生を枠にはめることなく、個々の個性を伸ばす学びの場があると思いました。全体的にはノビノビとした雰囲気で、過ごしやすいキャンパスですね。
霜垣 学生だけでなく個性豊かな先生方の存在も青学の大きな魅力のひとつだと思います。
君島 大学での4年間は本当にあっという間でした。私の場合は陸上競技部での活動が大学生活の大きな部分を占めましたが、もし時間があったなら、もっと多くの先生方や学生たちとも知り合いたかったですね。
――所属団体での中心的役割も今後は後輩に引き継ぐことになります。後輩たちへのアドバイスやメッセージをお願いします。
君島 自分を支えてくれる仲間や家族、支援者の方々の存在を意識することが大切です。日々の小さな努力を継続すること、自分ができることを着実にこなすこと、そして何事にも地道に取り組むこと。決して派手ではない地道な努力こそ、自分を成長させるために必要だと思います。陸上競技部は、多くの人に支えられていることを部員全員が理解して走っています。その思いを忘れることなく、これからも走り続けてもらいたいです。
浦井 ラグビー部は自分たち4年生よりも後輩たちの方がしっかりしているので、来年度以降も何も言わなくても頑張ってくれるはずです。ただし来年度はAグループで早稲田大学、帝京大学など強豪校と戦うことになります。どの試合も厳しい戦いになると思いますが、Aグループ残留などという小さな目標ではなく、大学選手権出場をめざすぐらいの気持ちでぶつかってほしいです。青山キャンパスからも近い秩父宮ラグビー場での試合もあるので、みなさんも全力でプレーするAGR(青山学院大学ラグビー部の愛称)を生で応援してください。
霜垣 応援団も駆けつけますよ(笑)。みなさんに伝えたいのは、スポーツの応援はライブが最高であるということです。秩父宮、神宮、箱根など、ぜひ多くの青学関係者に現地に足を運んでもらい、私たちと一緒に応援に参加してほしいと思います。そのためにも応援団は、もっと団員を増やして活動の幅を広げることから始めないと…。女性団員も大歓迎ですので、この紙面を見て、応援団に興味を持ってくれる人がもっと増えるとうれしいです。私はあと一年、応援団での活動が残っているので、その間に後輩たちに安心して引き継げる基礎を築きたいです。
加藤 新聞編集委員会や第一部卒業アルバム委員会に限らず、一人でも多くの青学生にクラブ・サークルに所属してほしいです。また、何かを一つやりとげることに努力してほしいです。課外活動では、同じ学部以外の仲間を見つけることができますし、「青学に通っている」ことの意義を実感できると思います。楽しいことばかりではなく、責任という言葉の重みも感じますが、どんなことも自分自身を大きく成長させてくれる貴重な経験になるはずです。
――最後に「青山学院大学に入学してよかった」と思うことを教えてください。
加藤 学生生活を通して、自分を成長させることができました。700枚以上の名刺を配るほど多くの方々と出会えたことも大きいです。それに新聞作りでは、陸上競技部やラグビー部はもちろん、他の体育系、さらに文化系団体からも多くの感動をいただきました。取材という形で、そんないくつもの感動の瞬間に立ち会えて幸せでした。
霜垣 私の場合は、先ほどの話と重なりますが、すてきな先生方との出会いがあったことです。先生方のおかげで楽しく学べ、また応援団を知ることもできました。学業と応援団を両立しながら充実した日々を過ごせています。
浦井 青学でラグビーをできて本当によかったです。主務の経験も含めて、ラグビー部でなければ、4年もの間、何かに対して努力し続けることは無理でした。Aグループからの降格から始まり、昇格で終われたことにも何か縁を感じます。最後まであきらめずにやり遂げることの大切さを卒業後も忘れずにいたいです。
君島 何と言っても陸上競技部で箱根駅伝に出場できたことです。青学に進学していなければ、いまの自分はありませんでした。今後はこの経験を自信に、社会人として大成できるよう精一杯取り組んでいきます。
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