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誌上公開講座 No.57
青年文化論─青年期・学生文化・大学の変容と現在─

今号の誌上公開講座から、本学の各学部学科および大学院で開講されている特色ある授業をピックアップして紹介していきます。今回は、教育人間科学部の杉谷祐美子准教授による「青年文化論」を取りあげました。
杉谷 祐美子
 教育人間科学部
教育学科
准教授
杉谷 祐美子
 大学生のみなさんにとって、将来何をしたいか、どのような職業に就きたいか、自分は何に向いているのかと考えることはいまや避けて通れない課題ではないでしょうか。もちろん、入学以前から将来の目標を明確にしている人もいますが、自分のやりたいことをみつけたり、自分の可能性を広げたりしたいと思って大学に進学する人は少なくありません。
 人間の発達過程において、青年期に達成すべき課題はアイデンティティの確立だといわれます。しかし、自分とはどのような人間か、自分はどのようになりたいのかを比較的自由に考えられるようになったのは、近代以降の話です。しかも、社会階層を問わず、一般の青年層がこうした青年期の課題を広く享受できるようになったのは20世紀に入ってからのこと。生まれながらに身分や職業が決まっていた時代には考えられないことだったわけです。したがって、「青年期」は社会経済の発展や教育機会の拡大に伴って生み出され、延長されてきたものとみることができます。
 一定期間、労働を猶予され、将来の準備のために勉強に専念することが許される時代になったというのは大変恵まれたことでもあり、同時に、悩ましいことでもあるかもしれません。社会の高度化・複雑化は職業選択肢の幅を一層広げ、ライフスタイルを多様にし、自分に適した道を選びとるためには自分自身と向き合うことを余儀なくされるようになりました。
 この授業では、こうした青年期の只中にある大学生のみなさんと一緒に、戦後日本社会における学生集団が固有にもつ文化(意識、価値観、行動なども含みます)とそこからうかがえる学生像、そして、大学と学生との関係性について、その変容をたどっていきます。日本では戦後約60年間で、10人に1人が大学・短大に進学する時代から2人に1人が進学する時代 へと大きく移り変わりました。もはや、大学への進学は特別なことではなく、当たり前とすら思われるようになってきました。
 このように、大学に進学することの意味づけが変化してきたことは、大学生の生活や志向性にも影響を及ぼしています。授業では、映像、学生調査、新聞記事などを用いて、およそ10年刻みに各時期の大学生の姿を紹介します。旧制高校を中心に広がった哲学書を愛好する教養主義やバンカラな寮生活、戦後復興期にみる苦学生の実態や当時の娯楽、暴力行為も辞さず大学や社会に対して異議申し立てをした大学紛争、政治や社会への関心が薄れモラトリアムに安住したがる風潮、学生が消費の主体となりレジャーランド化する大学、就職氷河期を背景に授業にまじめに出席する一方で受身な態度にとどまる学生など、その姿は様々です。
 授業では、過去の学生と対峙するばかりではありません。学生のみなさんがそれらの学生像を相対化してとらえつつ、さらに、勉強、サークル、アルバイト、就職、交友関係など多様な観点から、現代の学生と大学を読み解いていき ます。いつの時代も、「最近の若者は・・・」と、若者はしばしば批判の対象にされてきました。しかし、既存の社会とは異なる新たな価値観の担い手が若者であったことも見逃せません。現代の学生も、「遊んでいる」、「打ち込むものがない」などと否定的な側面が強調されがちかもしれませんが、キャリアとの関係において絶えず「自分の生き方」を問われる悩み多き存在であり、いざというときにはボランティア活動などで力を発揮する頼もしい存在でもあると思われます。学生のみなさんには、過去の学生像に現在との共通点を見出したり、違和感を覚えたり、今の学生像を再解釈したりなど、ディスカッションやコメント・ペーパーなどを活用して、率直な生の声を寄せてもらいます。こうした振り返りを通して、この授業が「大学生」である自分自身と日常生活の場である「大学」の存在を見つめ直し、自らにとっての大学の意味と今後の自分のあり方について考える契機になればと願っています。

※2008年度以前の入学者には「発達文化論」として開講しています。
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