統計データサイエンス学環(開設予定)の教員と企業のトップランナーとの対談を通じ、統計・データサイエンスの可能性について考える本企画。第5回目は、株式会社サイバーエージェントのData Science Centerに所属する數見拓朗(かずみ たくろう)さんと青山学院大学統計データサイエンス学環に就任予定の保科架風(ほしな いぶき)准教授に産学それぞれの視点から「AI時代に求められるデータサイエンス人材」について語り合っていただきました。前編では、最新の仕事現場におけるエンジニアに求められるスキルの変化について詳しく聞きました。
*記事内容は2026年6月公開時点の情報です。
PROFILE

青山学院大学
経営学部経営学科 准教授
保科 架風
HOSHINA Ibuki
中央大学大学院理工学研究科数学専攻 博士課程後期課程修了。博士(理学)。滋賀大学データサイエンス教育研究センター助教を経て、現職。2027年4月より青山学院大学統計データサイエンス学環准教授に就任予定。専門は、統計科学、統計的モデリングなど。スポーツデータ分析や企業のデータサイエンス人材育成にも従事している。

株式会社
サイバーエージェント
Data Science Center
數見 拓朗
KAZUMI Takuro
2013年、株式会社サイバーエージェントに新卒入社。博士(経済学)。入社後は秋葉原ラボに所属し、自社メディアサービスのデータを活用した機能の開発や運用に従事。2021年、メディア統括本部にてData Science Center設立に携わり、メディア事業の持続的成長を支えるデータ組織づくりを推進。
1.エンジニアの役割が
「つくる」から「成果を出す」へシフト
--生成AIの登場によって、大きく変わりつつあるビジネスや教育の現場をどのようにご覧になっていますか?
數見拓朗氏(以下、數見):一番感じるのは、エンジニアの役割が「つくる」から「事業の成果を出す」側へ急速にシフトしていることです。事業ドメイン(領域)と技術者の距離が一気に縮まっているのをここ2~3年で感じます。例えば、デザイナー、マネージャー、データサイエンティストなど職種の境界も曖昧になっていて、仕様の提案→実装→検証という上流から下流への流れが崩れて、仮説と試作が同じ会議で語られる、エンジニアが事業会議で意思決定に直接関わるという風景は、2~3年前とは明らかに違いますね。
教育現場も変わっています。今やAIが一定の答えを出してしまうからこそ、「正しい問いを立てる力」「結果を批判的に解釈する力」の価値が上がっていると感じます。暗記や作業を問う試験は意味を失い、論理と判断を問う教育設計に置き換わっていく必要があると考えています。

私自身、サイバーエージェントでの業務と並行して、東京都内の私立大学で非常勤講師を務めているのですが、その現場で強く実感しているのが、学生が生成AIを使う前提で、授業やレポート課題の設計を変える必要があるということです。「答えを書かせる課題」は意味を失いつつあり、AIの出力を批判的に検証させる、自分で問いを立て直させる、判断の根拠を言語化させる--こうした課題への置き換えを試行錯誤しているところです。保科先生はどうなさっていますか?
保科架風准教授(以下、保科):「教育の目的と手段の両方で地殻変動レベルの変化が起こっている」というのが正直な感想です。例えば、これまでの教育では学生に専門知識を身につけさせるタスクが一定量ありました。しかし、數見さんもおっしゃる通り、今では生成AIによって誰でもある程度の専門知識を持っているに等しい状況になっています。大学の成績評価で多く使われてきたレポート評価においても、生成AIの登場によって学生の理解度と学生がつくるレポートの対応関係が崩れてしまい、今後は試験による成績評価に回帰することが考えられます。場合によっては「完全口頭試問」も有効だと思いますが、学生の人数が多いと客観的かつ安定的に全学生を評価することは難しいでしょう……。

つまり、これまで行われてきた教育のあり方を大きく見直す必要が生ずるかもしれません。一方で、私自身も日常的に生成AIを使っており、その活用には肯定的です。学生にとっても生成AIという“よき相談相手”を得られる状況は、成長に大きなプラスになると考えています。そのような時代ではAIがつくったものの真贋を評価し、何を採用し、何を切り捨てるのかを判断するスキルの重要度が、これからの若者たちには増すでしょう。ただ、こうした真贋の評価や情報の取捨選択は、これまでも求められていたスキルであり、いよいよその能力の向上に本気で取り組むタイミングになったとも言えます。
--改めておふたりのご専門をお伺いしたいのですが、まず數見さんからサイバーエージェント社におけるData Science Centerの役割とご自身の業務内容についてお聞かせください。
數見:私が所属するData Science Centerは、2021年にメディア統括本部に設立されたデータ活用をミッションとする組織です。ABEMA、タップル、WINTICKETなど、当社の複数事業を横断し、ユーザー獲得からLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)向上までをデータで支えています。2030年度に向けて、「経営・事業の重要局面でデータに基づく提案と実行ができる国内No.1のデータ組織」になることを目標に掲げています。
私自身の日常業務も生成AIの影響が大きく、以前と比較すると(エンジニアとして)コードを書く時間は大幅に減少しました。生成されたコードや分析の品質をどう定義し、どう改善するか、体系化されていない例外をどう取り込むか--。つまり、組織のメンバーをサポートしながら、「基準を更新し続ける仕事」が中心になっています。
近年は、2025年に新設されたSports AI Tech Lab、2026年から当社がオーナーを務めるFC町田ゼルビア強化部のデータ&テクノロジーグループの責任者も兼務しています。現在は、メディアで培った技術をスポーツの現場へ還元するブリッジ役も担っています。
--続いて、保科先生の専門領域と最新の研究内容についてお聞かせください。
保科:私はもともと統計科学の理論研究で博士号を取りました。具体的には、現象を表現する数式(数理モデル)をデータから構築する「統計的モデリング」という分野で「スパースモデリング(※)」のような手法を対象に、「どうやって最適なモデルを選ぶのか」「アルゴリズムをどう効率的に実装するのか」、「そのアルゴリズムからどのような理論が導けるのか」といった、かなり理論寄りの研究を行っていました。
私が博士課程に入った2010年前後というのは、ちょうど「データサイエンティスト」という言葉が社会的に広がり始めた時期でした。そのような時期にちょうど私は一度大学教員の道を諦めたのですが、タイミング良くインターネット系の広告代理店にデータサイエンティストとして拾ってもらうことができ、キャリアを積んだことがあります。結局また大学院に戻ることになったのですが、ここから理論研究だけではなく、実際のデータを分析し、その結果を事業や施策にどう生かすかというテーマにも取り組むようになりました。
現在は、この「統計的モデリング」を実際の問題に応用するような研究も行っています。例えば、バスケットボール選手のパフォーマンス評価では、コートに立っている各選手の組み合わせとその時間帯での得点・失点の傾向をデータで取得し、そこからチームメイトや対戦相手などの影響を除外した各選手の攻撃・守備でのパフォーマンスを定量評価するモデルを構築しました。
また最近では、データサイエンス教育の研究にも着手しており、データサイエンスで成果を出すための要素、データサイエンスを用いて他者の成果を促す方法の開発に挑戦しています。ここで言うデータサイエンスとは、「AIを扱う学問」ではありません。私はデータサイエンスとは、「データ分析を活用した問題解決」と定義しています。重要なのは、「AIを使うこと」そのものではなく、「どのように問題を解決するか」という点にあります。このあたりは後ほど詳しくお話ししますね。
※スパースモデリング=大量のデータから「本当に重要な要素だけ」を選び出してモデル化する手法。
2.あらゆる場面で
データサイエンスの知識が求められる
--サイバーエージェント社のさまざまな業務の中で、特にどのような現場でデータサイエンスの知識が求められますか?
數見:今やどの現場でも求められます。データサイエンスの知識が特に必要となる局面を3つご紹介します。ここでいうデータサイエンスとは、統計学の知識や基礎的な機械学習のスキルと位置づけます。
1つ目は、メディアサービスのバリューチェーン全体で求められます。バリューチェーンというのは、商品やサービスを顧客に届けるまでの一連の活動の全体像を指します。マーケティングによるユーザー獲得、ユーザー登録後の仕組みの設計、プッシュ通知など継続利用を促す施策、コンテンツの推薦(レコメンデーション)機能、広告・課金などの収益化施策、不正対策・品質判定など、どの局面でもデータサイエンスが役立っています。

2つ目として、施策の意思決定でも大きな役割を果たします。例えば、ABテスト(2パターンを比較する手法)の設計や因果推論による効果検証において、データサイエンスの知見は不可欠です。因果推論とは、ある結果がどの原因によって起きたのかを推定する手法と考えていいでしょう。これらは「どの施策が本当に効果的だったのか」を見極めるための重要な知識だといえます。
3つ目は、自分も担当するスポーツ領域です。コンディション管理、戦術分析、ケガのリスク予測など、参考データが少なく、かつ分析に必要な専門知識が強く求められる領域では、データサイエンスの理論的な知識が大いに役立ちます。

先ほど保科先生から「データサイエンスとは課題解決」という話がありましたが、まさにどの領域にも共通するのは、事業や経営における可視化しづらい課題を「解ける技術課題」に翻訳する作業なんですよね。ここがデータサイエンティストの一番の価値だと思っています。
保科:私は、高校生や大学生に「問題解決」について説明するときに、「次の行動を正しく決めること」と伝えています。先ほどの數見さんのお話にもあったように、企業の現場では、次にどう行動すればいいかわからない抽象的な困りごと=問題がある。それを計算可能な「解ける技術課題」に落とし込むことによって、次の行動をクリアにすることができる。それがデータサイエンスの意義だといえます。
--こうした実社会からのニーズを受けて、新設される統計データサイエンス学環ではどのような知識・スキルを養成したいと考えていますか?
保科:先ほども申し上げた通り、私たちはデータサイエンスを「データ分析を活用した問題解決」と定義しています。これは、単にデータ分析の手法を学ぶだけでは実現できません。もちろん、統計学や機械学習などのデータ分析手法についての専門知識は大切です。ただ、そもそも問題を解決できるデータとは何か、そのデータをきちんと獲得するにはどうすればよいのかなど、統計学における調査設計や調査の実施についてのスキルも重要だと考えています。
例えば、アンケート調査では、質問の仕方が少し変わるだけで結果が大きく変わります。だからこそ、問題解決につながる相手を調査対象に選び、必要な情報を適切に引き出せる質問を設計する。こうした技術を「調査設計」と呼んでいますが、新設する統計データサイエンス学環では、このようなところから徹底的に鍛えていくつもりです。
つまり、「問題解決・課題解決のメンタリティ」を基盤とした上で、統計学を基礎とした確かな知識とスキルを学生に身につけてもらえるようにしたいと考えています。

數見:「課題解決のメンタリティ」という考え方には、非常に共感するところがあります。最近、従来の「職種」や「専門性」という枠組みそのものが問題解決の邪魔になっているのではないかと感じています。例えば、「データサイエンティストとして入社する」「機械学習エンジニアとして働く」となると、どうしてもその専門領域の中だけで問題を解決しようという発想になりがちです。でも、実際に世の中にある課題を見てみると一つの専門性だけで解決できるケースは多くありません。
むしろ重要なのは、他の専門を持つ人たちと協力したり、自分自身が役割を越境しながら動いたりすることだと思っています。場合によっては、自分が本来担当していなかった領域まで主体的に踏み込まなければ、解決できない問題もあります。だからこそ、「自分の専門は何か」ではなく、「どうすれば問題を解決できるのか」を軸に考える姿勢が、これからますます重要になると感じています。
保科:おっしゃる通りです。新設する統計データサイエンス学環を、「学部」ではなく、「学環」とした狙いもここにあります。学環とは複数の学部が連係してつくる学部相当の教育課程を指します。新学環では、教育人間科学部・経済学部・法学部・経営学部・理工学部の5学部が協力してデータサイエンス教育を行います。そこで、異なる専門領域を横断しながら問題を課題に落とし込み、解決していく思考を養いたいと思っています。
そのためには、まず「考える力」を養うことが重要です。そのために新学環では、「そもそも考えるとはどういうことか」から考える力を学び身につける「基礎ゼミナール」を1・2年次の必修科目として設置します。
この科目ではさらに、「考える力」の土台として、文章を正しく読み取り理解する「読解力」を養い、その上で、「論理的思考力」、「批判的思考力」といった素養を2年間かけて徹底的に鍛えます。最終的には、「問題解決を軸に行動する」という姿勢を学生たちの行動規範として定着させたい。それが、數見さんの求める「越境して活躍する人材」につながれば、理想的ですね。
青山学院大学統計データサイエンス学環の4年間のカリキュラム(予定)
