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【#02】仕事とプライベートのちょうど良い距離とは?「休む」とは何かを問い直す【vol.1 後編】 ~青学Podcast「ギモンから、ガクモンへ。」~

暮らしの「ギモン」から、その先にある最先端の「ガクモン」をのぞきに行く、青山学院大学公式ポッドキャスト。

いま話題のテーマを入口に、青山学院大学の研究者が社会の変化を読み解き、私たちの暮らしや未来とのつながりをわかりやすく解説します。

難しそうな研究も、聴き終わるころには「なるほど」に変わる。 学問の面白さを身近に届ける番組です。

#02 仕事とプライベートのちょうど良い距離とは?「休む」とは何かを問い直す【vol.1 後編】

「つながらない権利」。言葉だけを聞くと、まるで連絡を拒むかのようなどこか後ろ向きな響きがあるかもしれません。

しかし、細川良先生の考えは正反対です。これは休みの質を上げる権利であり、働く人にとっても企業にとっても得のある、きわめてポジティブな考え方だといいます。

前編では、勤務時間外に仕事から切り離されていられる「つながらない権利」が、本来は当たり前の権利でありながら、現実には行使しにくい、というところまでを見てきました。後編のテーマは「実装」です。

この権利を、どうすれば社会や職場に根づかせられるのか。海外企業のリアルな取り組みや、見落とされがちな「健康」という視点を手がかりに、細川先生とともに具体的な道筋を探ります。

【ゲスト】
細川良教授(青山学院大学 法学部長/労働法)

早稲田大学大学院 法学研究科 博士後期課程博士研究指導終了退学。早稲田大学 修士(法学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構副主任研究員を経て、2019年より青山学院大学法学部教授。2024年4月より現職。埼玉労働局紛争調整委員。専門は労働法、「つながらない権利」研究の日本の第一人者。

主著に『ファーストステップ労働法』(共著/エイデル研究所2020年)、『解雇ルールと紛争解決・10か国の国際比較』(共著/労働政策研究・研修機構2017年)、「ICTが「労働時間」に突き付ける課題ー「つながらない権利」は解決の処方箋となるか?」日本労働研究雑誌709号(2019年)、「在宅テレワークをめぐる法的課題」労働判例1288号(2023年)等がある。

【進行】
池畑修平教授(青山学院大学 地球社会共生学部)

「つながらない権利」を根づかせる2つのアプローチ

法律で禁止する道か、労使に委ねる道か

前編では、この権利を定着させるには「意識の啓発」と「制度・ルール」の両方が必要だという話がありました。では、そのルールには具体的にどんな選択肢があるのでしょうか。

出発点となったのはフランスです。2016年に「つながらない権利」を法律で定めて以降、ヨーロッパ諸国やオーストラリア、最近ではフィリピンなど、英語圏を中心に、これを法的なルールとして明確に定める動きが広がっています(※1)。それらの国のやり方を見ると、大きく2つのアプローチに整理できると細川先生は言います。

ひとつは、法律で明確に規制する道。勤務時間外や休日は会社から連絡してはいけないと定め、違反した場合には罰則(ペナルティー)を科すこともある。ただし、どうしても連絡が必要な場面はあるため、例外を認めるのがこのやり方です。

もうひとつは、現場に委ねる道。法律では「勤務時間外には労働者につながらない権利がある」と抽象的に定めるにとどめ、それをどう実現するかは各企業・事業所ごとに、労使(労働者と使用者)が自主的にルールを作る、という考え方です。

日本に合うのは「現場でルールを作る」やり方

では、日本に実装するとしたら、どちらが適しているのでしょうか。細川先生は、現時点では後者、つまり現場でルールを作るアプローチのほうが日本に合っている、と見解を示します。

理由は、日本の歴史的な経緯にあります。日本では、企業ごとに労働組合と使用者が協議して自分たちのルールを作る仕組みが、大企業を中心に一定程度定着しています。「自社のルールは自分たちで作る」という考え方が比較的根づいているため、国が細かいルールを一律に押し付けるよりも、現場の実情に合わせて取り組んでもらうほうが適している、という見立てです。

また、日本ではまず大企業が自主的に取り組み、それをきっかけに社会的な共通認識が形成され、やがて中小企業も含めて社会全体へとルールが定着していくという特有の広がり方があります。「つながらない権利」も、この道筋をたどる可能性があります。

海外企業のリアルな実践例

海外では、すでに具体的な取り組みを進める企業があります。細川先生は、シンプルなものから思い切ったものまで、いくつかの例を挙げます。

「原則、連絡しない」というシンプルなポリシー

最も基本的なのは、ポリシーを定めて浸透させる方法です。

勤務時間外や休日の業務連絡は原則として行わない。緊急時などを除き、管理職はそうした連絡を送るべきではないし、部下も受け取った連絡に対応する必要はない。

こうした方針を明確に掲げ、社内に広めていくやり方です。

一歩進めると、休日や勤務時間外に外部からメールが届いた際、「現在は勤務時間外です/休日です」と自動で返信する仕組みもあります。

休暇中のメールを、本人の受信箱から消す

さらにドラスティックな例もあります。自動返信で休暇中であることを伝えるだけでなく、「いま対応できるのはこの職員なので、そちらへご連絡ください」「本人は何日の何時から勤務に復帰するので、その時間に改めてご連絡ください」と案内したうえで、そのメール自体を本人の受信箱から消してしまうという企業もあるといいます。

休み明けに大量のメールが積み上がっている、という事態を技術的に防ぐ発想です。

見落とされがちな「健康」という視点

前編では、つながらない権利を「生産性」の観点から語りました。しかし後編で細川先生が強調したのは、もうひとつの、そしてより本質的な視点です。それは、働く人の「健康」を守ることです。

睡眠の質が変わるという医学的な事実

健康への影響は、まず肉体面に表れます。医学的な研究でも明らかになっているそうですが、夜眠るとき、「寝ている間に業務連絡が来るかもしれない」と思って眠るのと、「その心配はない」と思って眠るのとでは、睡眠の深さが変わるといいます。

加えて、そもそも夜中にスマホの画面を見ること自体が睡眠に悪影響を与えることも、近年よく指摘されています。勤務時間外にメールを見なければならない状態は、睡眠の質という観点から、肉体的な負担につながるのです。

家族との時間と、心の健康

もうひとつは精神面です。休日に家族や友人と食事を楽しんでいるとき、スマホで仕事のメールを見てしまう。その瞬間、場の空気は悪くなり、プライベートの人間関係にも影を落とします。それが積み重なれば、メンタルにも良くありません。

だからこそ、「夜のスマホは良くない」「デジタルデトックスをしよう」という近年の流れを後押しするうえでも、つながらない権利は役立つ、と細川先生は考えます。実際、先生自身も学部長としてハードに働きながら、休む時間が取れたときにはその間は仕事を忘れ、リフレッシュに専念することをかなり意識しているといいます。

「特定の時間につながらないこと」が難しい人はどうする?

つながらない権利を広めるうえで、大きなハードルが2つあります。ひとつは、仕事の都合上、特定の時間につながらないことが難しい人。メディアや、時差のある海外相手と働くグローバル企業などです。もうひとつは、休みでも仕事が気になって、メールを見ないと気が休まらない人。この2つをどうクリアするかが課題になります。

目的は「特定の時間に切る」ことではない

ここで細川先生は、大切な原則に立ち返ります。つながらない権利の目的は、「特定の時間につながらないこと」そのものではありません。仕事を忘れてリフレッシュできる時間を確保し、休みの質を上げることこそが本来の目的なのです。

当番制・ローテーションという現実解

この原則に立てば、解決の糸口が見えてきます。たとえばメディアでも、緊急対応が必要になる場合はあります。しかし、大災害でもない限り、部署の記者全員が待機している必要はありません。そこで、当番制にして担当をローテーションすれば、

「今回は余程のことがない限り連絡は来ない人」「今回は呼び出しがあるかもしれない人」に分けられます。これを回していけば、少なくとも何回かに一度は完全に休める。働き方の実態に合わせて、少しでも休みの質を上げる工夫が可能なのです。

グローバル企業であれば、前述の自動メッセージの仕組みも有効でしょう。細川先生は、こうした海外の取り組みが日本企業にも広がっていくことを期待しています。

「つながらない権利」は、実はポジティブな考え方

「つながらない」という否定形の言葉には、何かを拒んでいるようなマイナスの印象がつきまといます。しかしその実態は、リフレッシュの時間を確保し、家族との時間を守り、生産性をも高める、きわめて前向きな考え方です。細川先生は「休みの質を上げる権利と言っても良いかもしれない」と表現します。

ここで、日本の制度がすでに一歩を踏み出していることも見逃せません。2018年の働き方改革関連法による労働基準法の改正で、残業時間の絶対的な上限が導入されました(※2)。働ける時間の上限が決まったということは、裏を返せば、 最低限休める時間が確保されたということです。

つまり、休みの「量」については、現行法ですでに手当てがされている。だとすれば、次に必要なのは休みの「質」を上げる視点だ、というのが細川先生の考えです。

この研究が根づいたら、私たちの暮らしはどう変わる?

番組共通の問いとして、進行役の池畑先生は「この研究が日本社会に広く反映されると、私たちの日々の暮らしはどう変わるか」を尋ねます。

細川先生の答えは明快でした。休みの質が確保されれば、働く人は肉体的にも精神的にも健康でいられる。「健康は、幸せな生活のために何より大事なこと」だからです。

さらに、この考え方は労働者だけのものではありません。残業の上限が決まり、企業は一定の休みを与えることが確定しています。どうせ休んでもらうなら、しっかりリフレッシュ・回復してもらい、仕事に戻ってきたら元気にバリバリ働いてもらう。そう捉えれば、働く人にとっても経営者にとってもプラスになる、Win-Winの関係が成り立ちます。働く人も企業も幸せな状況を実現する。それが、細川先生の最も期待する社会の姿です。

学問の垣根を越える、青学の研究環境

こうした研究の拠点が、青山学院大学です。細川先生は、これからの大学に求められる姿を、自身の所属する法学部の取り組みから語ります。

法学部では、2022年度に「ヒューマンライツ学科」を開設しました(※3)。法学をベースにしながら、経済学・政治学・社会学・行政学など、法学以外の専門教員も所属し、学問の垣根をまたいだ学際的な教育・研究を行う学科です。

これからの時代は、ひとつの学問領域だけで物事を考えるのではなく、多様な領域がまたがって共同研究を行うことで、社会により実践的な示唆を与えられる。細川先生はそう捉えています。

実際に先生自身、つながらない権利の研究において、働く人の健康を専門とする産業医学の研究者とも共同研究を進めています。青学を基盤に、こうした学際的な取り組みを社会に還元していきたい、と語ります。

まとめ

「つながらない権利」を社会にどう根づかせるか。後編では、その具体的な道筋が見えてきました。

実現のアプローチには、法律で禁止する道と、現場の労使でルールを作る道の2つがあり、細川先生は「自社のルールは自分たちで作る」文化が根づく日本には後者が合う、と見立てます。海外では、シンプルなポリシーから、休暇中のメールを受信箱から消す思い切った仕組みまで、多様な実践がすでに始まっています。

そして何より重要なのが、「健康」という視点です。睡眠の質という肉体面、家族との時間という精神面。つながらない権利は、働く人の健康を守り、休みの質を上げる、前向きな権利なのです。残業の上限規制で休みの「量」が確保された今、次に問われるのは休みの「質」。それは、働く人にも企業にも利益をもたらすWin-Winの発想でした。

最後に、細川先生はリスナーへメッセージを残しています。この問題は、仕事の場面だけのものではありません。真夜中に「都合のつくときに見てくれれば良い」と気軽にメールやチャットを送る。

しかし受け取った側は、うっかり着信音で夜中に目を覚ましてしまうこともある。いつでもどこでも送るのが当たり前だと思わず、相手が普通に生活している時間にやり取りを限定する。受け取る人の状況を少し思いやって暮らすこと。それこそが、「つながらない権利」への確かな一歩なのかもしれません。



※1 「つながらない権利」は、フランスが2016年の労働法改正(通称エル・コムリ法)で世界に先駆けて法制化した。その後、EU諸国を筆頭に、オーストラリアやフィリピンなど世界各国へと法的ルールとして整備する動きが広がっている。

※2 働き方改革関連法(2018年成立)による労働基準法改正で、時間外労働(残業)の罰則付き上限規制が導入された。原則として月45時間・年360時間を上限とし、休みの「量」を法制度上担保する枠組みとなっている。

※3 青山学院大学 法学部 ヒューマンライツ学科。2022年4月に開設された、人権(ヒューマンライツ)を専門的に学ぶ日本初の学科。「法は人権が尊重される社会の実現のためにある」という原点から、法学を軸に政治・経済・社会学などを交えた学際的なアプローチで人権問題の解決を目指す。

※本記事は、青山学院大学 細川良 先生へのインタビュー(前編/後編)をもとに、専門用語には補足も加えながら記事化したものです。

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