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2026.09.29
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【理工学部】長谷川美貴教授らの研究グループが配位子の三重項エネルギーを精密設計し、キラル希土類錯体の摩擦発光―発光色を予測・制御できる新しい分子設計指針を確立―
理工学部化学・生命科学科の長谷川美貴教授、大野礼雄氏(博士後期課程3年)、早内大介氏(博士前期課程修了)らの研究グループは、北里大学理学部化学科分子機能化学研究室の長谷川真士教授、田内大喜助教、高輝度光科学研究センター(JASRI)回折・散乱推進室 河口 彰吾主幹研究員、九州大学先導物質化学研究所の五島健太助教との共同研究により、配位子*¹の励起三重項準位*²を分子設計により精密に調整することで、キラルな希土類(ユウロピウム)錯体が示す摩擦発光(トリボルミネッセンス、TL)*³の発現を、狙いどおりに選択的に制御できることを実証しました。
本研究成果は、英国王立化学会(Royal Society of Chemistry)が刊行する国際学術誌Inorganic Chemistry Frontiers誌に受理され2026年9月12日(英国時間)に公開されました。
【論文タイトル】
“Rational Design of Lanthanide Triboluminescence by Ligand Triplet-State Modulation and Anisotropic Crystal Fracture"
【著者】
Reo Ohno, Daisuke Hayauchi, Kota Chikaraishi, Haruki Takiguchi, Hitomi Ohmagari, Shogo Kawaguchi, Kenta Goto, Daiki Tauchi, Masashi Hasegawa, Miki Hasegawa*
【掲載】 Inorganic Chemistry Frontiers(英国王立化学会 発行)
【DOI】 https://doi.org/10.1039/D6QI01365A
研究成果のポイント
◆17世紀の発見以来、誰も解明なしえなかった「トリボルミネッセンス(TL)」現象(機械的な刺激だけで発光する)の詳細な仕組みを解明した。
◆金属イオンに結合して複合体(錯体)を形成する分子やイオンの励起三重項準位を分子設計によって自在にチューニングすることにより、発光色や強度を予測・制御できることを実証した。
◆本研究成果を用いて、電気不要の衝撃センサー、破損を可視化するコーティング材料、暗所での位置表示(例えば、踏むと光る床材やタイル)など、省電力・環境調和型の発光材料として社会実装が期待される。
研究の背景
17世紀、フランシス・ベーコンが暗闇で砂糖の塊を割ると光ることを記録して以来、ものを叩く・擦る・割るといった機械的な刺激だけで発光する現象を「トリボルミネッセンス(TL)」として他の発光現象と区別されていました。電気を使わずに光るこの現象は、省電力な発光材料や、力が加わったことを光で知らせるセンサーへの応用が期待されていますが、機械的なエネルギーがどのようにして光に変換されるのか、その詳細な仕組みは長年明らかにされていませんでした。
発光イオンとして知られる希土類(ランタニド)イオンを含む錯体でTLが観測される場合、(1)大気中の窒素が放電して光る、(2)希土類イオンが直接励起される、(3)錯体を構成する有機配位子がいったん励起され、そのエネルギーが希土類イオンへ受け渡される(アンテナ効果*⁴)、等の複数の経路が提案されており、これらを実験的に切り分け、材料設計に活かせる指針を導くことが課題となっていました。
研究の概要
研究グループは、希土類イオン(ユウロピウム:Eu³⁺、テルビウム:Tb³⁺、ガドリニウム:Gd³⁺)と、アミノ酸由来のキラルな配位子を組み合わせた新規錯体LnL^valphenを合成しました。昨年発表したTL性錯体(LnLval)が持つビピリジン骨格を、より大きなπ電子系をもつフェナントロリン骨格に置き換えることで、配位子の励起三重項準位(エネルギーの高さ)を約22200 cm⁻¹から約19200 cm⁻¹へと意図的に引き下げました。
この設計により、三重項準位はEu³⁺イオンの発光準位(17200 cm⁻¹)と好適なエネルギー差を保つ一方、Tb³⁺イオンの発光準位(20400 cm⁻¹)へはエネルギーを渡せなくなります。実際に、この錯体は光励起下でEu³⁺特有の赤色発光を示す一方、Tb³⁺特有の発光は示さないことを確認しました(図1)。
さらに、単結晶X線構造解析により、ユウロピウム錯体(S-EuL^valphen)は中心対称性を持たない特殊な結晶構造(空間群_P_3₁)をとり、分子が層状(ラメラ状)に積み重なった異方的な結晶であることを明らかにしました。この結晶に、研究グループが独自に開発した「ドロップタワーシステム(DTS)」*⁵を用いて一定の高さから重りを落として衝撃を加えると、層と層の間で選択的に割れ(劈開し)、鮮やかな赤色のTLが観測されました。一方、対称心を持つラセミ体(右手型・左手型の分子が1:1で混ざった結晶)では、同じ条件で衝撃を与えてもTLはまったく観測されませんでした。大気の影響を確かめるため、窒素やアルゴンで満たした袋の中でもTL測定を行いましたが、発光スペクトルに変化はなく、大気中の窒素放電がTLの原因ではないことも確認しています(図2)。
これらの結果は、機械的な力による結晶の破砕が、まず配位子の励起三重項状態を励起し、次いでそのエネルギーがアンテナ効果によってEu³⁺イオンへ受け渡されることで赤色TLが生じるという、一連のエネルギー変換の道筋を直接示すものです。すなわち、通常の光による発光(フォトルミネッセンス)と、力による発光(トリボルミネッセンス)が、配位子の三重項準位を介した「同じ仕組み」で起きていることを明確に証明しました。
総括すると、本研究は、配位子の三重項準位を分子設計によって自在にチューニングすることで、どの希土類イオンがTLを示すか、すなわち発光色や強度を予測・制御できることを実証したものであり、力によって光る新しい発光材料を合理的に設計するための指針を与えるものです。
また、粉末X線回折実験は、大型放射光施設SPring-8のBL02B2を用いて行われました。
今後の展開
本研究で確立した「配位子の三重項準位を設計してTLを制御する」という指針は、他の希土類イオンや配位子骨格にも展開可能であり、多彩な発光色を示すTL材料の合理設計につながると期待されます。将来的には、電気を使わずに力が加わったことを光で知らせる衝撃センサーや、破損を可視化するコーティング材料、暗所での位置表示(例えば、踏むと光る床材やタイル)など、省電力・環境調和型の発光材料への応用が期待されます。研究グループは今後、結晶破砕にともなう電荷分離の詳細な定量評価や、複数の希土類イオンを組み合わせた多色TL材料の開発を進めていく予定です。
謝辞
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JP17H06374, JP20H05832)、私立大学研究基盤形成支援事業、マテリアル・デバイス創出拠点ネットワーク、公益財団法人山田科学振興財団、三菱ケミカル株式会社、日本電子株式会社の支援を受けて実施されました。また、粉末X線回折実験は、大型放射光施設SPring-8(高輝度光科学研究センター)にて行われました(課題番号2024B1576, 2023B1668)。
【用語解説】
*1 配位子:金属イオンに結合して複合体(錯体)を形成する分子やイオン。
*2 励起三重項準位:分子が光や外部からの刺激を吸収した際に生じる、比較的寿命の長い高エネルギー状態のひとつ。
*3 トリボルミネッセンス(TL):物質を叩く・擦る・割るといった機械的刺激によって発光する現象。
*4 アンテナ効果:配位子が吸収した光エネルギーを中心金属イオンへ受け渡し、発光させる効果。
*5 ドロップタワーシステム(DTS):一定の高さから重りを落下させ、再現性よく試料に機械的衝撃を与えるために研究グループが独自に開発した装置。
