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オンラインで一層たのしい!映画観賞形式の変遷

三浦 哲哉 [MIURA Tetsuya]

三浦 哲哉 [MIURA Tetsuya]

オンラインで一層たのしい!映画観賞形式の変遷

第4回 2021/7/3(土)
文学部比較芸術学科 教授
三浦 哲哉 [MIURA Tetsuya]

コロナウィルスの感染拡大で世界中の映画観が閉鎖、または入場制限つきの上映を余儀なくされた。そのような状況下で、NetflixやAmazon Prime等の映像配信サービスへの需要が急激に高まり、また逆に、旧来通り映画観の中で映画を見る体験の貴重さが見直されてもいる。
 本講義は、このような現状における映像産業の動向を概観したうえで、そもそも映画観賞体験が歴史的にどのような変遷を辿ってきたのかを改めて振り返ってみたい。いうまでもなくオンラインでの映像配信は簡便で、誰もが古今東西の作品にアクセスするチャンスを得ることができる。だがそこで失われてしまうものは何か。従来の映画観文化から保存・継承すべきものは何か。いま歴史から学ぶべきことは多いように思われる。
 映画の起源へ遡行してみよう。かつて映画はどのように観賞されていたか。じつはその起源は一つではない。アメリカのエジソンと、フランスのリュミエール兄弟が、ほぼ同時期に競合して映画の原型となる技術を発明しようとした。エジソンとリュミエールが構想した、まったく異なる視聴覚体験について振り返ってみたい。
 映画観賞体験は、テクノロジーの進展に伴って、大きく変容しつづける。サイレント映画時代、映画上映は、弁士(日本)や生演奏が付く、大変ににぎやかなものだった。むしろ「トーキーが沈黙を発明した」と、ある映画作家は述べる。それはいかなる意味だろうか。また、映画表現にどのような可能性をもたらし、何が失われただろうか。
 1950年代のアメリカでは、モータリゼーションの飛躍的な発展にともない、ドライブイン・シアターが大流行する。また、新しく普及しつつあったテレビとの競合から、大型スクリーンや3D映画による動員がなされる。1980年代からはメディアミックスが本格化し、映画は、ビデオデッキ、PC、スマートフォンなどを経由して視聴される時代を迎える。映像作家ピーター・グリーナウェイは「リモコンの普及によって映画は死んだ」と述べた。注意散漫な視聴者がボタン一つでチャンネルを変えたり早送りしたりするとき、時間芸術としての映画はもはや従来どおりではなくなる、という診断である。そこからさらに時代は下り、現在はどのような状況だろう。モニター上で注意を引いて閲覧者数を稼ぐことが最優先される「アテンション・エコノミー」の下、映像作品の質はどのように変わっているだろうか。その利点、問題点をあらためて検討してみたい。

プロフィール

青山学院大学文学部比較芸術学科 教授
三浦 哲哉 [MIURA Tetsuya]


東京大学総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専門は映画研究、表象文化論。
主な著書に『LAフード・ダイアリー』(講談社、2020年)、『食べたくなる本』(みすず書房、2019年)、『ハッピーアワー論』(羽鳥書店、2018年)、『サスペンス映画史』(みすず書房、2012年)。