2018年4月に統合研究機構の中に設置された総合研究所では、全学的な視野に立った統合的な研究事業を行います。その目的は、青山学院大学の研究を推進する拠点となり得る優れた研究の支援を行い、青山学院大学の研究力をもって国際社会のサステナビリティの一助になることです。
本研究所では、「SDGs 関連研究補助制度」を2018年度より設け、国連が採択した SDGs(持続可能な開発目標)に関連した研究を支援しています。本学には、17あるSDGsの開発目標から、とくに11の研究に取り組んでいる教員が数多く在籍していますので、これらの研究を大学全体の研究として位置づけることによって、国際社会が直面している課題解決に向けて、青山学院大学全体で貢献することを目指しています。当研究所が発刊する『NEWS SOKEN』では、この3年間で「SDGsが意図するものとは?」から「サステナビリティと地球」へと続き、本年度は「サステナビリティと人権」と題した特集を組みました。
SDGs研究がより身近なものであることを示すために、2022年9月には「AOYAMA GAKUIN Global Week」の期間中に第2回目の「SDGsフォーラム」を開催しました。まず、24日に「「オランダ別段風説書」にみるグローバリゼーション-19世紀の世界と日本-」と題したシンポジウムを開催しました。そこでは、「オランダ別段風説書」についてさまざまな角度から検証し、地球規模でのグローバリズムが実現して、SDGsに関連する諸問題がほぼ出揃った19世紀の世界と日本を、歴史的に見直しました。次に、27日に、青山学院・中高等部生を対象に、「SDGsに貢献する三大プロフェッショナルの仕事」をテーマにして、学内の医師、弁護士、および公認会計士の有資格者を登壇者に迎えたシンポジウムを開催し、中高生のSDGs への理解を深めていきました。
総合研究所の活動の中心にあるのが「研究ユニット」と呼ばれる共同研究への支援です。学部・大学院に所属する教員に加えて、第一線で活躍する学外の研究者を交えて組織される「研究ユニット」は、人文科学、社会科学および自然科学の幅広い分野に亘った分野横断的な研究を行うことを可能にしています(下記の表を参照)。
総合研究所では、『NEWS SOKEN』と『総合研究所報』を発刊していて、これらの刊行物は大学ウェブサイト総合研究所ページ(https://www.aoyama.ac.jp/research/research-center/research-inst/)でもご覧いただけます。『総合研究所報』では、当該年度に研究を終了した研究ユニットの研究課題・内容の報告に加えて、研究成果の刊行を紹介しています。そして、本研究所の使命の一つである若手研究者(博士後期課程学生、助手、および助教)の育成を目的とした「アーリーイーグル研究支援制度」の採択者から、とくに優秀と認められた若手研究者の研究課題・内容を掲載し、また「SDGs 関連研究補助制度」の採択者の研究課題・内容についても紹介していますので、ご覧頂ければ幸いです。
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急激なIT革命により、見知らぬ人とSNS等で簡単にやりとりできる便利な社会の構築が進んでいる反面、匿名での誹謗中傷やデマの拡散といった情報化社会特有の弊害も目立つようになり、従来型の集団や社会といった枠組みでは捉えることのできない諸問題の解決が喫緊の課題となっています。
本研究ユニットでは、そういった匿名化社会において、協力的なコミュニティを形成可能とする要因や一旦形成された協力的コミュニティを持続可能にする要因の解明を目指して活動してきました。その目的のため、格安スマホサービスのmineo(マイネオ)が運営している通信パケットの公共財(フリータンク)に関連したデータの解析と実験室実験の二本柱でこの問題に取り組んできました。新型コロナの影響で実験研究は大幅な制約を受けましたが、フリータンクに関するデータ解析は順調に進み、これまで3本の査読付き学術論文と1本の紀要論文を公刊するに至りました。

マイネオフリータンクのイメージ図





持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けて、将来世代の便益を最大化するための複合的な価値を実現する経済社会への変革が求められている中では、経済成長、社会的包摂、環境保護という3つのサステナビリティに関する主要な要素を調和させることが不可欠です。この国際社会のニーズに合致するよう、サステナビリティ経営は21世紀の企業経営を標榜していると考えられるようになっています。
本研究では、サステナビリティ経営に資するディスクロージャーをコーポレート・ディスクロージャーと位置づけて、会計、保証、内部管理(internal control)の 3つの研究領域の分野横断的な知見を得ることを目的としています。さらには、「総合知」の創出をより良く得るために、理論、制度および実務の観点からの考察を加えることに注力しています。それによって、企業経営と経済社会のサステナビリティの連結環となり得るコーポレート・ディスクロージャーについての総合的な研究を実現します。

コーポレート・ディスクロージャー

本研究の目的は、ネットワーク分析の視点と手法を用いて、国際秩序の構造と変容のメカニズムを明らかにすることであります。具体的には、異なる地域や政策エリアにおいて形成されてきた国家間協力の構造を「可視化」すること、また、その変化をもたらしている要因とメカニズムを解明することを目指しています。その際、本研究ユニットは、ネットワーク科学(network science)の理論とデータ解析の手法が、これらの目的を達成する上で有効かつ斬新なツールを提供するという理解を共有しています。こうした問題意識の下、各メンバーは、ネットワーク科学の国際関係論への応用の可能性について理解を深めつつ、それぞれ入手・利用可能なデータに基づき、国家間のつながりの変容に関する予備的研究を進めています。

開発援助ネットワーク全体の構造とその時間発展(Oishi et al. 2022)



2000年に採択された国連安保理決議1325は「女性・平和・安全保障」を掲げ、国連平和維持活動(PKO)への女性要員の派遣を推奨しましたが、女性要員がPKOのパフォーマンスに与える影響はまだよくわかっていません。そこで本研究ユニットは、女性要員を増やすことが紛争地域の市民に対する暴力の減少にどのような効果があるのかを、暴力事件の犠牲者数のデータ分析と南スーダンなどPKO事例の研究・実務関係者へのインタビューによって明らかにしようとしています。PKOにおけるジェンダー多様性の効果を実証的に評価することで、政策的な提言にもつなげたいと考えています。コロナ禍のために現地での調査をエージェントを通じた手法に切り替えていますが、これまでの分析からは軍事部門よりも警察部門の女性要員が紛争地域の暴力抑制に影響するのではないかということがわかってきています。今後は政策効果をさらに検証するとともに、オンラインも含めた事例調査も進めていく予定です。

国連南スーダン共和国ミッション派遣国の就学率ジェンダー平等 (中等教育)と女性要員比率




当ユニットの設置目的は、電子の自転を使った次世代超低消費電力情報伝達・記憶素子の開発を目指して、その基盤技術として原子数層の薄さの二次元トポロジカル絶縁体(TI)を研究することです。この物質は、そのエッジを流れるスピンが試料固有の散乱現象に一切影響されないという特殊な性質を持ちます。そのために、(1)原子層半導体へのレーザー光描画で創製する室温二次元TI相、(2) 超高誘電率SrTiO3(STO)基板上に積層したグラフェンでの高温二次元TI相、の2つの系を研究し、本年度は後者で特色のある成果を得ることが出来ました。
STO基板に基板裏から電圧印加し、炭素原子一個の薄さのグラフェンに二次元TI相を創出することに成功し、更に、印加磁場による制御でこれが全く別の量子相に転移することを世界で初めて明らかにしました。この結果を用いると印加磁場・電場に応じて、トポロジカル保護有無のエッジスピン流を自在に切り替えでき、新たなスピン記憶素子を創製出来ます。この成果は現在Nature Communicationsで審査中です。

二次元トポロジカル絶縁体外観図:エッジを流れる電子スピンは散乱の影響を全く受けない


本研究の目的は福祉諸制度やそれと関連する諸計画・理念が地域社会の存続に与えた影響について、第二次大戦後に焦点を当て検討することです。本研究では、地域社会の存続にとりわけ強く影響を与える住宅政策や住宅構想に着目し、制度・政策・理念が地域社会をいかに持続可能ないし困難・不可能にしてきたのかを実証的に分析し、地域社会の存続を視野に入れた福祉のあり方についての新たな視点・視角を提示することをめざしています。22年度はオンライン講演会を複数回企画し、日本の居住問題についての研究者や独ビーレフェルトのFreie Scholle住宅協同組合の関係者に登壇してもらいました。日本における今日の住宅困窮者受け入れの制度・政策の不十分さの背景には近世からの「自助」意識の強さがあるだけでなく、戦後から今日までの民間借家供給のあり方の変化もある点、そのような変化が地域社会の形成を難しくしている点が明らかになりました。また、ドイツ住宅組合の住民サービス提供の取り組みと連邦自発的奉仕制度(BFD)の関連も明らかになりました。

ドイツ・ビーレフェルト「フライエ・ショレ住宅協同組合」へのオンライン・インタビュー(2023年3月)




私たちはメディアを通して毎日様々なニュースを目にしていますが、少子高齢化問題とエネルギー問題は昨今とりわけ頻繁に目にするニュースなのではないでしょうか。2010年に1億2807万に達した日本の人口はその後減少に転じており、2065年には9000万人を割るものと予想されています。一方、長らく温暖化対策に対して後ろ向きだった日本政府も、菅元首相が2020年10月の所信表明演説で「2050年までにカーボンニュートラルを目指す」と宣言してからは、いよいよ温暖化への取り組みを加速させるようになってきています。
さて、「少子高齢化で人が減れば、エネルギー消費も自然に減るだろう」と単純に考えてしまいそうですが、事はそれ程単純ではありません。それは少子高齢化とともに家計の標準的なライフスタイルも変遷していき、社会構造も変化するからです。人口動態を大きく変えることはもはや不可能なので、それは所与の条件として社会政策を練っていくという姿勢が必要なはずで、この点についてはエネルギー(温暖化)政策においても同様なはずです。こうした意識のもとに、本プロジェクトでは、家計のエネルギー利用データと人口動態の将来予測を組み合わせ、人口動態の変化がエネルギー消費に与える影響を地域別に調べています。なお、本プロジェクトは、 SDGsのエネルギーのクリーン化、気候変動への対策、住み続けられる街づくりといった項目に関連した研究内容となっています。

バルセロナ自治大学との共同研究でGiampietro博士を招聘


本研究ユニットでは、ますます分断と対立が厳しさを増す現代世界における、聖書的な「和解」概念の今日的意義を探求しています。特に、ポストコロナ時代、さらにはウクライナ危機後の世界への宗教的貢献を企図して聖書学的研究を進めています。
旧約聖書の成立に決定的な影響を与えた「バビロン捕囚」は、圧倒的な新バビロニア帝国の力に屈した古代イスラエル共同体において、既存の価値観や体制、宗教観を根底から覆す出来事でした。歴史の分水嶺となるこの出来事は、故郷喪失と離散を経て、異質なる他者との和解と共生の思想を展開させる契機ともなったと考えています。
その根拠となる旧約ヘブライ語テクスト、新約ギリシャ語テクストの文献学的、文芸学的、影響史的研究を踏まえて、「和解」がいくつかの他の概念、例えば「赦し」「贖い」「正義」「歩み寄り」などと、どのように連関性を有するかなどについても考察が進められています。
浅野淳博教授(関西学院大学)、辻学教授(広島大学)を招いての特別講演会やW.Brueggemann教授とのインタヴューなどを行いました。

浅野先生講演2023


身体運動の習慣化は、体力や運動能力そして健康の維持増進のために最良の方法です。しかし、運動が十分にできない、運動が不得意あるいは好きではない人などにとって、それは簡単ではありません。運動に努力や苦しさ、難しさ、面倒さなどが伴った場合はなおさらです。そこで本研究では、誰もが努力なしに体力を安全に向上させ、楽に動くことができるようにする「経皮的筋電気刺激と他動的な等速性運動を組み合わせたトレーニング」を開発し、心身の健康度や生活の質を高めることを試みています。2022年度は、運動中の酸素摂取量などを測定し、このトレーニングの特徴を様々な角度から確認しました。また、一連の実験で得られた知見を活かして新しいエルゴメータの開発も進めており、2022年度内には完成する予定です。2023年度は、その開発したエルゴメータを用いて、病院などで追試を行ってもらう予定です。

開発中のエルゴメータ。完成まであと一歩。




本研究の目的は、教育における伝統思想の影響に焦点を当てて、戦後確立されたと思われている民主主義や基本的人権に基づく人格形成が危機的な状況になる要因を思想史的に明らかにすることにあります。歴史的な転換期を迎えている今日、直面する可能性のあるキリスト教教育の課題を提示し、具体的な課題克服の道を示して、日本におけるキリスト教学校の今後の指針に資するものを公表することが目標です。
毎月研究会を実施していますが、今年度は特に戦後民主主義と呼ばれる世代が問題視した事柄を再認識するため、その時代に意欲的な取り組みをされていた関田寛雄先生、比企敦子先生にインタビューしました。特に、関田先生は十二月に逝去されたため、今回のインタビューは遺言のような貴重なメッセージとなりました。今後、思想史的観点からこれまでの調査結果を分析し、問題の本質を明らかにすると共に課題克服の道を提示していきます。

ゲストをお迎えした研究会(右:関田寛雄氏、左:比企敦子氏)

本研究ユニットでは、新規的な実験装置の開発や解析手法の開拓から物理学的に、発生から心臓疾患のメカニズムの解明まで、幅広く研究を行っています。例えば、心臓細胞の集合体を培養して自律拍動を起こします。そこに物理的な刺激を与えるのですが、自律拍動のタイミングに意図的に合わせる/合わせないの制御を可能にした装置を開発しました。最近の発見は、タイミングを合わせた同位相による刺激の方が、拍動間隔を乱して伸縮が速くなります。現在、刺激のタイミングと疾患との関係を調べています。特に心臓疾患で見られる心臓細胞の筋線維芽化が、我々の実験系でも観測されました。疾患のメカニズム解明の第一歩と考えています。また、本研究課題において共焦点顕微鏡の導入を行いました。その顕微鏡によるゼブラフィッシュの発生の研究では、発生初期の細胞らによる自己組織化の直接観測に成功しました。ここでの自己組織化とは、細胞の成長は決定的ではなく環境の影響を示唆します。今後は、この発生の基礎研究も並行して行います。

左図が刺激装置と細胞と刺激針の像. 右図が刺激と自律拍動の位相差と伸縮の速さの時間変化.



情報通信技術の急速な発展に伴い、電子機器への電波干渉などへの電波妨害対策として電波吸収体が利用されています。電波吸収体の偏波や全入射角度に対する応答の評価には膨大な時間を要します。本研究では、円形パッチ配列電波吸収体のインピーダンス及びSパラメータを定式化することで、最小限の測定やシミュレーションによってSパラメータの全入射角度特性を推定しました。その結果、Sパラメータを推定するためには4つ入射角度における入力インピーダンスが必要であることを明らかとし、推定した反射係数及び偏波変換係数は電磁界解析値と0.1以内の差で一致しました。

(上)電波吸収体の構造 (下)4つの入射角度から推定した全入射角度における反射係数









環境の危機は想像力の危機であると言われます。一口に環境と言っても、自然環境、生活・社会環境、地球環境とさまざまで、しかもそれらは重なりあっており、したがって環境をめぐる想像力の考察は人種やジェンダーを含む多様な斬り口を要します。こうした問題域に〈人間以上〉という見地から斬り込む本研究ユニットは、エコクリティシズム、サウンドスケープ、日本文学、アメリカ文学、言語哲学、イギリス文学を専門とする本学教員が、これまで蓄積してきた専門知を再調整しながら、本学における環境人文学の研究・教育ネットワークの確立を目指すものです。具体的には、三つの課題(図を参照)を設定し、2022年度は各担当課題の研究を進めつつ、管啓次郎教授(明治大学)をゲスト講師とした研究会や、ユニットメンバーが参加するAGU環境人文学フォーラムでのオンライントークを通して、学際的な研究手法について理解を深めました。

三つの課題への取り組みとフォーラムでの学際的研究会




日本における就職を希望する外国人留学生は留学生総数の約65%にのぼるとされます。政府も少子高齢化対策の一環として外国人受け入れを進める方針で、高い専門性を有する本学留学生などの高度外国人材の日本企業と社会への受け入れは日本の持続可能な発展に不可欠とされます。しかし、実際の留学生の就職率は3〜4割にとどまり、最大の障壁の一つは、業種や業界ごとに特徴の異なるビジネス日本語コミュニケーション力の不足です。そこで本研究では、本学留学生や国内大学の留学生が在学期間中を通して高度なビジネス日本語コミュニケーション力を段階的に修得することができるICTを用いた仕組み構築を進めています。具体的には(1)ビジネス現場における言語実態調査によるコーパスの構築、(2)コーパスに基づくオンデマンド学習用教材の開発、に取り組み、初年度は、その成果の一部として、オンデマンド学習用教材のパイロット版運用実践報告*が公開されました。
*「メディアアーカイブを用いたビジネス日本語教育の実践」
『青山スタンダード論集』18,pp3-16,2023

図.日本の国際化と日本語教育拡充の重要性

本年度の3回の研究会では、「グランド・オペラ」の成立の背景と定型化、フランス音楽へのヴァーグナーの影響と文学との関係、ポール・デュカスの音楽劇《アリアーヌと青ひげ》に見られる革新性などがテーマとして取り上げられました。
また、シンポジウム「文学と音楽のポリフォニー─近現代のフランスオペラをめぐって」を2023年1月21日(土)オンライン会議システムを併用して開催しました。本シンポジウムは、19世紀の「グランド・オペラ」から近年の《死神だまし》(2017)にいたる近現代のフランスオペラに、音楽と文学の2つの視点から光を当てる試みです。会場では約15名、オンラインでは約30名の参加があり、フランス文学と音楽学の研究者が出会うことで、互いに新たな地平へと導かれ、研究方法について意見交換できたのも大きな成果です。これを機に、音楽と文学の2つの研究領野の間の往来がより密なものになることを期待しています。また23年度には成果報告論集を刊行する予定です。
