TOP

NEWS

POSTED

2024.02.15

TITLE

【理工学部】量子の同期現象を利用して光強度を7桁増強することに成功 ~量子光アンプの開発に期待~

理工学部物理科学科の北野健太助教、前田はるか教授の研究グループは、超蛍光と呼ばれる量子の世界で起こる同期現象を用いて、レーザー光の瞬間強度を7桁以上増強することに成功しました。この研究成果は、2024年2月12日に、"Physical Review Letters"誌のオンライン版に掲載されました。

発表のポイント

1.量子力学の同期現象である超蛍光を微弱なレーザー光を用いて制御することに成功
2.レーザー光の瞬間的な光強度を超蛍光によってコヒーレントに7桁以上増強することに成功
3.超蛍光が光の量子状態にどのように作用するのかを解明することで量子光アンプの開発につながると期待

気体の原子をはじめとした量子性が顕著に表れる物質が、内部エネルギーの高い状態に励起されると、自然放出過程によって蛍光が放出されることがあります。そのような物理系において、複数の原子が一斉に励起されると、真空場を介して各原子が相互作用します。その結果、各々の原子から放射される光の位相が徐々に同期され、極めてピーク強度の高いコヒーレントな光パルス、いわゆる「超蛍光」が放射されます。光が存在しない空間から、突如として強力な光パルスが放射されるという点で、超蛍光は真空場を増幅する機構と考えられています。

本学理工学部物理科学科の北野健太助教、前田はるか教授の研究グループは、外部から微弱なレーザー光を照射した条件下で超蛍光を実現し、その増幅特性を精密に評価しました。その結果、レーザー光の瞬間強度が超蛍光によって、7桁以上もコヒーレントに増強されていることを発見しました。この研究成果は、超蛍光の持つ比類なき増幅能力を実証しています。特に、超蛍光による光の増幅は、原子集団が自発的に量子もつれ状態を形成することに起因しており、レーザーに代表される従来の光増幅機構とは全く異なります。この特性を解明することによって、将来的には非古典光に作用するいわば「量子光アンプ」として開発されることが期待されます。

なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)(22H01159)、公益財団法人 JKA競輪、公益財団法人光科学技術研究振興財団による研究助成事業の支援のもと実施されました。


▼論文情報
タイトル:Coherent Amplification of Continuous Laser Field via Superfluorescence
著者名:Kenta Kitano and Haruka Maeda
雑誌:Physical Review Letters
DOI:10.1103/PhysRevLett.132.073201

【図1】バラバラに運動するメトロノーム(上)が一定時間経過後にそろって運動する様子(下)

研究の背景、経緯

古典力学において、自発的な同期現象は物理・生命・化学・工学をはじめとしたあらゆる分野で多彩な役割を果たします。一例としてメトロノームの集団運動(図1)が挙げられます。各メトロノームは共通の土台を介して相互作用することで振動のタイミングが自発的にそろうことが知られています。その結果、シグナル強度(この場合は平均振幅)が増強します。このようにシグナルの増強、より正確には S/N比の向上は、多種多様な同期現象に付随する共通の産物です。

量子力学で良く知られた同期現象は超蛍光(※1)です。原子に代表される量子性が顕著な物質(以下、量子物質)がエネルギーの高い状態に励起されると、その内部エネルギーが光へと変換され、蛍光として自由空間に放出されます。この現象は自然放出過程と呼ばれ、物質と真空場との相互作用に起因します。多数の量子物質が同時に励起された場合、各量子物質は共通の真空場を介して相互作用します。この結果、各々の量子物質は発光のタイミング、すなわち位相をそろえ、一般的な蛍光とは異なる高いピーク強度を持った光パルス「超蛍光」が放出されます(図2)。古典力学と同様に、量子力学でもまた、同期現象にはシグナルの増強が付随するのです。半世紀以上に及ぶ検証の結果、超蛍光はあらゆる物理系で起こり得る普遍的な現象として認識されるに至りました。

一方、超蛍光が持つ増幅(アンプ)特性を光デバイス開発へと適用するにあたって、一つ大きな問題点がありました。超蛍光は真空場の量子ノイズ(※2)を増幅する過程であるために、そのノイズを反映して、超蛍光の絶対位相が光パルス毎に揺らいでしまうことです。メトロノームの同期現象に置き換えれば、各メトロノームの位相は自発的にそろいますが、ある時刻で全体がどこを向いているかまでは制御できないということに類似しています。

【図1】バラバラに運動するメトロノーム(上)が一定時間経過後にそろって運動する様子(下)
【図2】N個の振動体の位相がそろっていない場合(a)と、そろった場合(b)の信号強度の比較の模式図

研究の内容と成果

超蛍光の絶対的な位相は不定ですが、実際のところは原子集団から最初に放出された光子の位相にそろうと考えられています。超蛍光では、初めに放出された光子が呼び水となって同じ位相の光子が次々と放出されるのです。このことから、光子雪崩とも呼ばれています。

この点に着目した本学研究グループは、超蛍光の波長と共鳴した微弱なレーザー光を原子集団に照射した条件下で超蛍光を発生させる実験を実施しました。その上で、超蛍光とレーザー光との干渉測定を実施することによって、両者の位相関係を実験的に調べたところ、レーザー光の位相が超蛍光の位相へと転写されていることが判明しました。(実験結果:図3(a))

図中では、レーザー光と超蛍光の位相が同期していることを示す量子ビートが明確に観測されました。この結果で重要なことは、照射されているレーザー光は極めて微弱であり、超蛍光の光子雪崩を引き起こす最初の光子を原子集団に注入したに過ぎないという点です。超蛍光として放出される光エネルギーは原子集団の内部エネルギーから提供されることに何ら変わりはないのです。この結果を言い換えれば、微弱なレーザー光の光強度が超蛍光によってコヒーレントに増幅されたと捉えることもできます。そして、実験結果から実に瞬間強度にして7桁も増幅していることが判明しました。(増幅の模式図:図3(b))

このような飛躍的な増強は、超蛍光の光子雪崩のメカニズムから説明することができます。実験結果から超蛍光に関与した、すなわち同期された原子の数は約10⁸個と見積もられました。すなわち、たった一個の光子が呼び水となって、約10⁸個の光子からなる光パルスが放出されるのです。同期させることができる原子の数には上限があるものの、超蛍光が極めて強力な光アンプとして機能することが実証されたと言えます。

【図2】N個の振動体の位相がそろっていない場合(a)と、そろった場合(b)の信号強度の比較の模式図
【図3】(a)レーザー光とレーザー光によって駆動された超蛍光との干渉測定による実験結果、(b)超蛍光によるレーザー光の増幅過程の模式図

今後の展開

今回の研究によって超蛍光が光アンプとして機能することが実証されました。しかし、未だ超蛍光が有する光アンプとしての広大な可能性のごく一部が解明されたに過ぎません。なぜなら、今回の研究では増幅前後の光に関して、光強度という古典量のみを測定対象としているからです。実際、得られた研究成果の大部分に関しては古典的な同期現象と対応させて説明することができます。つまり、本来、超蛍光とは量子力学の同期現象なのですが、今回の研究ではその古典的な側面を中心に明らかにしたに過ぎず、量子力学の同期現象が古典力学のそれと何が異なるのか、という本質的な問題に関しては未解明なのです。

この問いに答えるためには、増幅前後の光の量子状態を観測することが必要不可欠です。超蛍光の量子性(※3)を対象とした研究は近年急速に発展しつつある新しい研究領域であり、本学研究グループもこの研究領域への参入を予定しています。例えば非古典光(※4)と呼ばれる量子性が顕著な光を入力光とし、増幅後の超蛍光の量子状態を観測します。そして、微弱な量子信号がどのようにアンプされるのかを解明することができれば、唯一無二の量子光デバイスである、いわば「量子光アンプ」の開発につながると期待されます。超蛍光のアンプ特性を対象とした研究の背景には、ミクロとマクロの世界がどのようにつながっているのかという根源的な問いがあります。その観点では、あるいは量子力学の未解決問題として知られたシュレディンガーの猫を研究するためのヒントが隠されている可能性があります。


▼用語解説
※1 超蛍光
1954年、R. Dickeによって提唱された集団的な輻射現象。量子物質が自然放出過程を介して自発的に遷移双極子の位相を同期させ、その結果としてコヒーレントな光パルスが放射される現象。

※2 量子ノイズ
光の量子論においては、真空状態と呼ばれる基底状態でも空間は一定の光エネルギーで満たされています。真空状態では光の位相が量子力学的に不確定な状態であるため、本発表ではこれを量子ノイズと呼びます。

※2 超蛍光の量子性
超蛍光の量子性を観測するためには、同期現象のスピードを落とし、ゆっくりと放射される超蛍光に対して光子カウンティングを導入することが必要となります。しかし、このような遅い同期現象は、通常量子物質の熱運動に伴うデコヒーレンス過程によって阻害され、長らく実現できませんでした。しかし近年、冷却原子系に代表されるデコヒーレンス過程を極限的に排除した実験環境が実現され、超蛍光の量子性を研究する研究が開始されました。

※4 非古典光
光の量子状態を巧みに制御することによって、統計的な光子の集団では実現できない性質を実装した光。例えば、互いに不確定性関係にある直交位相成分に関して片方の揺らぎ成分を圧縮させたスクイーズド光や二つの光子が量子力学的なもつれ状態にあるエンタングルド光子ペアなどがあります。

【図3】(a)レーザー光とレーザー光によって駆動された超蛍光との干渉測定による実験結果、(b)超蛍光によるレーザー光の増幅過程の模式図

▼研究に関する問い合わせ先
理工学部 物理科学科 北野健太(きたのけんた)助教
TEL:042-759-6281
Mail:kenta.kitano@gmail.com
※メール送信の際は、「@」を半角に変更してください。

理工学部 物理・数理学科 前田はるか(まえだはるか)教授
TEL:042-759-6265
Mail:hmaeda@phys.aoyama.ac.jp
※メール送信の際は、「@」を半角に変更してください。


▼取材に関する問い合わせ先
青山学院大学 政策・企画部 大学広報課
TEL:03-3409-8159

関連情報