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2025.11.12

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【理工学部】電気を使わずに叩く・擦る程度で砕けて発光する希土類錯体のソフトクリスタルの開発とそのエネルギー変換機構の解明に成功(理工学部 化学・生命科学科 長谷川美貴教授らの研究グループ)

長谷川美貴教授(理工学部 化学・生命科学科)が、東京大学生産技術研究所 石井和之教授、関西学院大学 加藤昌子教授(現 四天王寺大学)、コンフレックス株式会社 中山尚史博士、横浜国立大学 伊藤傑准教授、同中野健教授、高輝度光科学研究センター 河口彰吾主幹研究員、横浜市立大 服部伸吾助教らとの共同研究の成果を、Chemistry - A European Journalで発表しました(2025年10月30日)。

本研究は、希土類錯体のソフトクリスタル*¹現象のひとつとして位置づけられます。従来、希土類錯体はブラックライト(紫外線)を赤色や緑色の可視領域の発光に変換されるフォトルミネッセンス(PL)の研究が中心に行われてきました。これに対して、機械的刺激による発光(トリボルミネッセンス;TL)を示す系の研究は、その刺激の定量化や、TL測定装置が市販されたものがないなど、物質の開拓とともにその評価法も確立されていない未踏の分野のひとつです。今回、分子層がある方向に揃って積み重なるラメラ構造をとるキラルな希土類錯体を用いることで、このTLのメカニズムを明らかにしました。

【論文タイトル】
"Lamellar-Cleavage-Induced Triboluminescence in Discrete Chiral Complexes with Lanthanides"
【著者】
Reo Ohno, Akira Saso, Yukina Yamamoto, Daisuke Hayauchi, Hitomi Ohmagari, Daisuke Saito, Shingo Hattori, Chika Nishimoto, Naofumi Nakayama, Ken Nakano, Suguru Ito, Shogo Kawaguchi, Masako Kato, Kazuyuki Ishii, Miki Hasegawa*
【ジャーナル名】
Chemistry - A European Journal

研究概要

トリボルミネッセンス(TL)は、擦る、叩くなどの機械的な刺激により発光する現象です。今から約400年前に哲学者のフランシス・ベーコンが、暗闇で氷砂糖(スクロース)を砕くと青く発光するミステリアスな現象について、自身の哲学書に文字のみで説明し、これを1888年にウィーデマンが “Triboluminescenz (英:Triboluminescence)”と名付けたのが由来です。しかし、電気を使って光らせる物質や、ブラックライトをあてて光らせる(Photoluminescence, PL)物質は発見から比較的すぐ実用化されているのに対し、TLは発見から約400年経った今でも実用化が困難とされています。その理由に、原子や分子レベルでの配列の設計や現象が生じる仕組みが明らかにされていないことが挙げられます。TLに関わる研究の論文数は、分子性材料の合成技術の発展と、測定装置の高精度化により近年増加傾向にあります。その中には、高分子のように擦って静電気が発生しやすい系や、分子の配列と結晶の破砕に注目した系もあります。
今回の研究は、キラル*²な希土類錯体*³を用いており、結晶化させると分子の裏と表が揃った2次元の層ができ、更にこれが積み重なったラメラ構造(図1)を取ります。この結晶を用い、破砕により希土類が発光するメカニズムを明らかにしました。

結晶破砕は、高感度の分光器を連結させた、自由落下実験を応用したドロップタワーシステム(DTS)を独自に開発することで、ステンレス球の設置高さの調整により機械刺激を定量的に、かつ破砕時のスペクトルも精緻に評価しました。

▶DTSによるEu錯体とTb錯体の動画はこちらでご覧になれます。

これまでの研究で、希土類錯体のTLの原理は、希土類の直接励起に由来するもの、有機分子の励起を起点とするアンテナ効果に由来するもの、あるいはサンプル周辺の気体(例えば窒素等)の励起を起点とするもの、等の仮説が立てられていました。また、分子集合においても中心対称性を有するものかどうかということも議論の対象でした。今回用いたキラルな錯体分子Chiral LnL ^val (Ln=希土類イオン)は、非常に珍しい空間群“P”6₅(あるいは“P”6₁)で配列し、ラメラ構造を形成します。この時、希土類の層をはさむようにして片方の面には有機分子の芳香環がシート状に並び、他方には硝酸イオンが並び、この方向を維持したまま次の錯体の層が異方性を伴って堆積しています。すなわち、中心対称性の破れた系に属します。比較のために、LnL^valのラセミ結晶およびカウンタ―アニオンを硝酸イオンから塩化物イオンに替えた結晶を用いた場合の同様の実験を行いましたが、いずれもTLを示しませんでした。
Chiral LnL^valのTLをDTSで測定したところ、希土類イオン固有の発光スペクトルが観測できました(図2)。
例えば、Euは赤色の、Tbは緑色の波長領域にシャープに帯が現れます。このTL現象の仕組みを知るため、更に4つのアプローチで実験を行いました。

(1) TL強度の刺激の強さに対する依存性(図2):Chiral EuL ^valのDTSのステンレス球の落下スタートの高さを上げて、破砕に用いるエネルギーを上げた際のTLの強度をプロットすると、この系の場合、高さ80cmからTL強度に変化が見られなくなります。すなわち、TLを発現するための機械的エネルギーには限界があることを示しています。

(2) TL発現の環境特異性:この系のTLが希土類イオンの直接励起によるものか、アンテナ効果を経たものであるのかを調査するため、DTSそのものをアルゴンあるいは窒素の雰囲気下に閉じ込めてTL測定をした結果、環境に依存しないことがわかりました。また、TbとEuを混合させたChiral Tb/EuL^valを用いたTLスペクトルの相対強度をPLスペクトルの場合と比較し、TbからEuへの金属間エネルギー移動がTLで生じないことがわかりました。すなわち、希土類イオンの直接励起によるTLではないことがわかりました。

(3) 結晶粒のサイズとTL発現の相関(図3):合成直後の錯体の結晶はTLを示すのに対し、結晶を乳鉢でよく砕くとTLが発現しなくなります。大型放射光実験施設SPring-8*⁴(BL02B2)の粉末X線回折(PXRD)でこれらを測定したところ、砕いた後のサンプルのXRDピークの半値幅は大きくなりましたが、回折ピークの位置は変わりませんでした。また、再結晶するとXRDピークの半値幅は合成直後の場合と同様にシャープになり、TLを示すようになりました。電子顕微鏡からもサイズの効果が観測されました。すなわち、この破砕の過程では、結晶構造は大きく変化せず(結晶相転移はせず)、結晶粒のサイズが小さくなり、TL発現にはある程度の結晶粒のサイズが必要であることがわかりました。

(4) 光アンテナとなる有機分子のTL発現の確認:従来のTLを示す希土類錯体は、希土類そのものの発光に着目した系が多くみられていました。Gdを結合させた錯体は、その有機化合物の発光特性を知るために有用です。Chiral GdL^valは有機分子に局在化したTLを示す系であることがわかりました。すなわち、(2)の考察と併せるとEuなどの希土類イオンに由来するTLは、機械刺激により配位子が励起され、分子内エネルギー移動を経由することがわかりました。

総括すると、本研究では、アミノ酸を有するキラルな希土類錯体のラメラ構造の結晶を用いて機械的エネルギーを発光に変換する系は、配位子の励起状態(特に励起三重項状態)を経由したアンテナ効果によるものであることを証明しました(図4)。このような系の実用化はまだ実現しておらず、原理解明は未来に向けた新たな発光材料を指向するきっかけになります。

研究を進めるにあたり、富山大学野崎浩一教授、岩村宗高講師、九州大学先導物質化学研究所五島健太博士に御指導・御助力賜りました。本研究は、文部科学省科研費、公益財団法人山田科学振興財団、物質・デバイス領域共同研究拠点、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業の支援により遂行しました。大型放射光実験施設SPring-8で採択された課題により放射光PXRD測定を行い、浜松ホトニクス株式会社、帝人株式会社にDTSのセットアップで御助力頂きました。この場をお借りして御礼申し上げます。

*1:ソフトクリスタルとは、高秩序で柔軟な応答系である分子結晶の総称です。ソフトクリスタルの形成条件や相転移現象の解明が、文科省科研費新学術領域「ソフトクリスタル―高秩序で柔軟な応答系の学理と光機能」で飛躍的に推進され、新たな物質群として発展しています。
*2:キラルは右手と左手の関係の様に、同じ骨格を持っているのに重ならない関係にあるもの。例えば、分子の場合、レモンの香り成分とオレンジの香り成分はキラルな化合物で、右手と左手の分子構造を持っているため、機能(この場合は香り)が異なります。
*3:希土類は、スカンジウム、イットリウムおよび原子番号57から71のランタノイドの総称です。希土類錯体は、これらに有機分子を結合させた化合物のことを言います。ここでは、金属自身が発光を示すことが知られているサマリウム(Sm), ユウロピウム(Eu), テルビウム(Tb)およびジスプロシウム(Dy)と、比較のためにガドリニウム(Gd)を用いた錯体を使っています。
*4: 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。高輝度光科学研究センターが利用者支援などを行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

今後の展開

TLを示す素材がエネルギー変換材料として興味深い研究対象であるにもかかわらず、実用化されていない背景には原子や分子レベルでの配列の設計や現象が生じる仕組みが明らかにされていないことが挙げられます。実用化すると、夜道で足跡が光るようなタイルが実現するかもしれません。そのためには、次の科学的な課題がありますが、長谷川研究室ではこの未来材料としての可能性を今後も探求していきます。

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