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2026.02.24

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【理工学部】守山裕大助教、三井敏之教授(理工学部 物理科学科)の研究成果が学術論文誌"Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)"に掲載

松木翔さん(当時 理工学研究科博士前期課程、現 日本電気株式会社)、守山裕大助教、三井敏之教授(理工学部 物理科学科)らによる論文 "Extracellular stiffness regulates cell fate determination and drives the emergence of evolutionary novelty in teleost heart" が"Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)"に掲載されました。

【論文タイトル】
Extracellular stiffness regulates cell fate determination and drives the emergence of evolutionary novelty in the teleost heart
【著者】
Sho Matsuki, Yusei Inoue, Ryuta Watanabe, Toshiyuki Mitsui, Yuuta Moriyama
松木翔、井上悠聖、渡辺隆太、三井敏之、守山裕大
【掲載ジャーナル】
Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)

研究概要

私たちの心臓は、血液を全身に送り出すために絶えず拍動しています。人間を含む哺乳類や鳥類の心臓は、心房と心室が左右に分かれた2心房・2心室という構造を持ち、肺で酸素を取り込む「肺循環」と、全身に血液を送る「体循環」を明確に分けて制御しています。
一方で、魚類のような水中で生活をする水棲生物では、このような二重の循環系を持つことができません。魚は鰓(えら)で酸素を取り込み、そのまま全身へ血液を送るため、酸素交換と体循環が一続きになっています。そのため、心臓から送り出される血液の勢いや量を適切に調節する必要があります。この重要な役割を担っているのが、心臓の一部に存在する「動脈球」と呼ばれる組織です。動脈球は、ゴムのように伸び縮みすることで血液の流れを和らげ、拍動による衝撃を吸収する“クッション”として機能しています。
本研究では、ゼブラフィッシュとポリプテルスという熱帯魚を用いて、個体が育つ過程や進化の過程で動脈球がどのように作られるのか、生体組織の「硬さ」に着目して研究しました。そこで、原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy, AFM)と呼ばれる装置を用い、心臓組織の硬さを測定しました。AFMは本来、物質の表面を1ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)という極めて小さなスケールで観察し、原子や分子レベルの微細な構造(ナノ構造)を調べるために開発された装置です。金属や半導体、高分子材料などの研究で広く使われてきました。本研究では、この物理学・材料科学の装置を生物の心臓組織の測定に応用しました。使用したのは、青山学院大学で長年物理学研究に貢献され、退官された魚住清彦教授から引き継いだ日本電子社のJEOL-JSPM-4200 AFMと物理科学科所有の島津製作所社のSPM-9700HTです。物質のナノスケール構造を解析するための装置を、生体組織の硬さを測るために活用するという発想は、物理学の蓄積を生命科学へと橋渡しする試みでもあります。
本研究ではAFMを心臓などの生体組織の硬さ測定に応用できるように、AFM探針のカンチレバーを加工し、魚の心臓に対して精密な測定をおこないました。その結果、動脈球における細胞の外側の環境が、心臓の他の部位と比べて非常に柔らかいという、これまでに知られていなかった特徴を発見しました。さらに、この柔らかさは、魚類の進化の過程で新たに獲得されたelastin bという遺伝子によって生み出されていることを明らかにしました。この柔らかい環境があることで、動脈球を構成する細胞群は平滑筋と呼ばれる細胞に変化し、血液の拍動を効率良く受け止める構造が作られていることがわかりました。以上から、本研究では、「生体組織の硬さ・柔らかさ」という物理的な性質が、細胞の種類や臓器の機能、さらには進化そのものを決める重要な要因であることを示しました。
本研究は、遺伝子や形態の観察だけでなく、「力」や「硬さ」といった物理的な性質を測定し、数値として捉えることで生命現象を理解するという、物理科学科ならではのアプローチによって実現した成果です。物理学と生物学を融合させることで、生命の進化や機能の本質に迫る新たな研究領域の広がりを示しています。

本研究課題は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C)(課題番号:20K06773, 25K09730)、青山学院大学統合研究機構の『ミクロとマクロの境界の心臓における発生から修復機能の解明』プロジェクトの支援を受けて実施されました。

今後の展開

本研究は、細胞の性質の決め方や、心臓の構造や進化を理解する新しい視点を提供するものです。生命を考える上で、“生物はどのように進化の過程でさまざまな姿形を示すようになったのか”という生物学の根源的な問いに新たな理解を提供するだけでなく、“どのように細胞を特定の種類へと人為的に変化させるか”という医療への応用にも繋がる、基礎科学から医療応用まで大きな影響を与えうる成果です。今後は、心臓の形成や進化において組織の硬さが果たす役割を詳細に解明すること、また生体組織の硬さが関わっている他の生命現象を同定することで、生命のより深い理解と、さらには人の病気の原因同定や治療法の探索にも繋がることが期待されます。