新学環の教員と社会のトップランナーたちとの対談を通じ、統計・データサイエンスの可能性について考える本企画。第4回目は、開設準備室室長をファシリテーターに、人財サービスのグローバルリーダー Adecco Groupの日本法人であるアデコ株式会社の会長で、AKKODiSコンサルティング株式会社では社長を務める川崎健一郎氏(本学理工学部卒業)と、統計データサイエンス学環(設置届出中)に就任予定の教員との座談会をお届けします。日本のビジネスにおけるDX推進の鍵と、新学環で展開される学びの構想について意見を交わしました。

*記事内容は2026年5月公開時点の情報です。

PROFILE

学長補佐
(データサイエンス担当)
経営学部 経営学科 教授
新学環開設準備室室長

荒木 万寿夫

ARAKI Masuo

修士(経済学)(青山学院大学)。青山学院大学大学院経済学研究科経済学専攻博士後期課程標準年限満了退学。専門分野は経済統計学、情報教育。1999年青山学院大学経営学部経営学科専任講師に着任し、2010年同教授に就任。2020年経営学部教務主任を経て、2021年学長補佐に就任し、現在に至る。

アデコ株式会社 代表取締役会長 兼
AKKODiSコンサルティング株式会社 代表取締役社長 兼
Regional Head of APAC, Akkodis

川崎 健一郎

KAWASAKI Kenichiro

1999年青山学院大学理工学部物理学科卒業、株式会社ベンチャーセーフネット(現AKKODiSコンサルティング株式会社)に入社。2003年にIT事業部長、取締役に就任。その後、同社の会社分割により誕生した株式会社VSN(現 AKKODiSコンサルティング株式会社)の常務取締役、専務取締役を経て、2010年に代表取締役社長に就任。2012年、同社のAdecco Group参画に伴い、同グループの日本法人であるアデコ株式会社の取締役、代表取締役社長を経て2024年代表取締役会長に就任。Regional Head of APAC, Akkodis、AKKODiSコンサルティング代表取締役社長を兼任。2022年6月より、一般社団法人日本人材派遣協会の会長を務める。

経済学部 現代経済デザイン学科 教授
統計データサイエンス学環 兼担教員 就任予定

髙橋 朋一

TAKAHASHI Tomokazu

研究者情報

専門:システム工学、GIS(地理情報システム)による空間分析

経済学部 経済学科 准教授
統計データサイエンス学環 兼担教員 就任予定

川崎 玉恵

KAWASAKI Tamae

研究者情報

専門:数理統計学、多変量解析、統計学

1.AI時代、大切なのは
AIと人間の役割を明確化する人間の判断力

「暗黙知」が、AI時代における日本企業の強みに

川崎(健)氏(以下、川崎(健)):AKKODiSコンサルティングには6,000人を超えるテックコンサルタントが在籍し、企業のDX推進を支援しています。多くの企業では業務のAI自動化が進み、人間とAIがともに働くシーンが当たり前になりつつあります。そうした変化の中で企業が直面しているのが、日本特有の「暗黙知」の壁です。
日本では、1人の社員がマルチタスクをこなし、個人の経験や勘、いわゆる暗黙知に基づいて仕事を進める様子がよく見られます。しかし業務をデジタルに移行させるためには、暗黙知をマニュアルに落とし込み、誰もが共有できる形式知にすることが重要なのです。

荒木教授(以下、荒木):現在海外では、企業の業務プロセスを既存のシステムに適合させる「Fit to Standard(フィット トゥ スタンダード)」が注目を集めています。それが可能になるのは、そもそも業務プロセスが形式知化され、システムで代替しやすいからなのですね。

川崎(健):おっしゃる通りです。日本でよく見られるDXの失敗例は、Fit to Standardを振りかざし、無理やりパッケージ化されたシステムを現場に導入するケースです。企業に潜む暗黙知を考慮しない限りは、デジタル化によって便利になるどころか、システムと現場に乖離が生まれ、結果として使い勝手が損なわれるものになるでしょう。

しかし私が考えるのは、これからの時代においては「暗黙知」こそが日本企業の強みになるということです。職人・ベテランの勘や、顧客との信頼関係などデータ化されない知恵が企業の個性、競争優位性の源泉です。今後のデータサイエンス人財に求められるのは、単にシステムを導入させるのではなく、企業の真価を見極め、何をAIで自動化すべきか、何を人間が担うべきかを適切に判断する力です。AIをどのように使いこなすかを考えるデザイン力が重要な要素になるでしょう。

荒木:統計データサイエンス学環には、5つの連係協力学部*の存在があります。多様な分野の専門家からは、まさに研究領域特有の暗黙知がもたらされるでしょう。数理的な知識だけではなく、領域知にも精通した人材を育成したいと考えています。
*連係協力学部:教育人間科学部、経済学部、法学部、経営学部、理工学部

現場から見えてくる、データの本当の意義

川崎(健):企業価値を見抜くスキルを養うために、ぜひ統計データサイエンス学環の学生には多くの「現場」を体感してほしいですね。パソコンの前でプログラミングコードを書いているだけでは、工場で働く人の苦労や切迫感を十分に理解することはできません。自ら現場に赴き、人々の動きを観察し、現実を肌で感じる。そうした経験を持つデータサイエンス人財こそが、暗黙知を価値あるシステムへと昇華させることができるのではないでしょうか。

川崎(玉)准教授(以下、川崎(玉)):以前、建設系の統計調査に携わっていた際、実際の工事現場を案内してもらいました。データは数字の羅列ですが、現場を知ることで「この数字は実際にはどのような工程や作業を反映しているのか」を具体的にとらえられるようになり、背景にある現実が浮かび上がるように感じました。その後、統計調査の数字を読み解く際の解像度がぐっと上がったのを覚えています。

川崎(健):素晴らしいですね。人間は五感を通じて物事を体感できます。データに正しく向き合う上で、生身の感覚は重要な手がかりとなります。さまざまな業界のリアルに触れて得られる肌感覚は、データサイエンティストとしての大きなアドバンテージになるでしょう。複数の業界へ精通しておくと、異なるものに見えていた知識同士が思わぬ所で結びつき、境界を超えたイノベーションがもたらされます。

2.新学環で得られる、
理論とフィールドワークの往復

渋谷・表参道エリアは生きた学びの題材

髙橋教授(以下、髙橋):現場とデータを結びつける教育として、空間統計学やGIS(地理情報システム)を通じた学びの場を構想しています。GISとは、位置情報を持つデータ(空間データ)を地図上に表し、空間的な分析を可能にするシステムです。例えば、地図上にコンビニエンスストアの店舗を表示し、どのエリアに集中しているのか、一目で把握できます。

私が学生と接する上で大切にしたいのは、地図にとどまらず、実際の街を知る意義を伝えることです。例えば「なぜこのエリアにコンビニエンスストアが多いのか」という問いに対して、地図だけを見て得た考察よりも、実際に街に出て周辺環境を知ってから得た考察の方が思慮深い結論を導き出すことができます。そのため授業では、渋谷・表参道エリアを歩くフィールドワークの機会を設け、自分たちが通う青山キャンパス周辺を多様な切り口から観察してもらいたいと思っています。

川崎(玉):統計データサイエンス学環で私が担当する「数理統計学」は、さまざまな分析手法の基礎となる考え方や演算方法を学ぶ授業です。内容としては数理的な要素も多く含まれますが、学生に伝える際には、数式と実際の現象との結びつきを重視したいと考えています。数式は一見すると抽象的ですが、そこから導かれる結果は、例えば店舗の購買データの分析など、人々の暮らしや社会の動きとも深く関係しています。実社会を対象とした研究やデータ分析の基礎につながるような授業を展開したいです。

荒木:お二人の展望が物語るように、統計データサイエンス学環には、学生の成長に寄り添い、ともに研究することを大切にしている先生が就任する予定です。1学年の定員が60人と少人数なので、授業等をとおして、学生と教員の間に丁寧な対話にもとづく関係が築けると考えています。

川崎(健):まさに、これからの時代に必要とされるような人財育成だと感じます。コミュニケーションを取りながら統計やデータサイエンスの技術を深め、社会的な知見を広める。人財の成長に不可欠な視座を高める「垂直的成長」と、専門性を深める「水平的成長」の双方を実現できる環境ですね。

3.「人生の目的」を描いた、
青山学院大学での4年間

経営者としての意思決定を支えてきた数理的思考力

荒木:川崎会長は若くして企業の経営に携わられ、経営者としてキャリアを歩まれてきました。もともと経営に関心をお持ちだったのでしょうか。

川崎(健):実は高校3年生の時から「経営者になりたい」という明確な目標を抱いていました。そのためには、勉強に励むだけではなく社会を知る必要がある。そう思い、学業にも課外活動にも全力を注げる環境を求めて青山学院大学に進学を決めました。大学では、多様な経験を通じて視野を広げることを意識し、サークル活動やアルバイトなどにも積極的に取り組みながら、理工学部物理学科の粟屋隆教授の研究室に所属し、放射線測定にまつわるデータ解析について研究していました。

荒木:そうだったのですね。当時の学びが現在に生かされている部分はありますか。

川崎(健):経営者は、さまざまな局面で適確な意思決定を下す必要があります。それは、データに基づいて少しでも成功確率の高い選択肢を論理的に導き出す作業です。その際に、研究の中で培われた数理的な思考プロセスが大いに役立っていると感じます。

キリスト教信仰にもとづく教育から見出した、生きる目的

川崎(健):もう1つ私が青山学院大学に感謝しているのは、「自分はどういう人生を歩みたいのか」と考える機会を与えてくれたことです。キリスト教信仰にもとづく青学の教育には、おのずと死生観を考える場面がありました。命は永遠でないことを意識したときに、初めて人生の目的、パーパスが生まれます。そうして得られた目的が、何に没頭したいのか、キャリアをどう歩みたいのかを考える指針になり、後の人生を形づくったと感じています。どのような仕事をしたいかという以前に「人生の目的を問う」ことは今も大切にし、社員にも伝えています。

髙橋:青山学院大学には、勉学やスポーツなど多様なフィールドで輝いている学生がいます。総合大学だからこそ、さまざまな興味関心を持つ仲間との出会いも自身の世界を広げるでしょう。統計データサイエンス学環は、青山キャンパス初の理系学士課程です。新たな化学反応がキャンパスにもたらされるのではないかと期待しています。

4.答えのない時代を切り拓く、学びの体力

今の時代に大学で学ぶ意味とは

荒木:最後にお一人ずつ、読者の方へメッセージをお願いいたします。

髙橋:統計データサイエンス学環には5つの学部の知見が集まった、非常に贅沢な教育環境が整っています。1つの専門にとどまらず、広い視野を持って社会を知り、多方面で活躍できる人材を育ててまいります。

川崎(玉):インターネットですぐに答えが見つかる今の時代に、大学で学ぶ意義の一つは、人との交流にあると思います。教員や友人など、他者との出会いを通じて、自分一人では得られなかった考え方や価値観に触れることができます。ぜひ大学で、自分が心から面白いと思える対象を一つでも見つけ、仲間とともに深く学んでいってください。その過程で身に付く学び続ける姿勢は、卒業後の人生を支える基礎体力となると信じています。

川崎(健):私が常々頭に刻んでいるのは、「目的を見失わないこと」です。なぜ統計の勉強をしているのか、なぜプログラミング言語を学んでいるのか。その目的を見失わずに、時には自問自答しながら、統計データサイエンス学環で実りある経験を積んでください。

荒木:大学受験は、人生において大きな選択の機会です。統計データサイエンス学環の門を叩いてくれた学生に、選んでよかったと思ってもらえるような、充実した学びの場にしていく覚悟で、環境を整えてまいります。

AFTER THE CONVERSATION座談会を終えて

データと現場。
両者の橋渡しを担う人材が、社会のDXを成功へと導く。
暗黙知を形式知に昇華させて、
現場が必要とする改善策を提唱する姿勢こそが
複雑な社会を切り拓くリーダーの条件と言えるだろう。

小さくも見える日々の一歩一歩が、
自らの生きるパーパスにつながってゆく。
大学で得られる数々の経験からは、
将来のゆるがない指針が見つかるだろう。