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2026.03.25
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2025年度大学・大学院学位授与式を挙行
稲積宏誠学長の式辞 大学・大学院を卒業する皆さんへ
本日、卒業・修了を迎えられた皆さん、誠におめでとうございます。また、これまで皆さんを支えてこられたご家族・関係者の皆さまにも、心よりお祝い申し上げます。
皆さんが大学、大学院で過ごされたこの数年間は、社会全体が「先の見えにくさ」と向き合わざるを得なかった時間でもありました。パンデミック、いまだに戦争や虐殺が絶えない国際情勢の緊張、円安やインフレに見られるような急激な社会や経済の変化。私たちは、日常や価値観が、ある日突然変わりうるという現実を経験してきました。そのような中で、順調に歩んできた方もいれば、立ち止まり、遠回りをし、思い描いていた道とは異なる道を歩んできた方もいることでしょう。しかし、そのいずれもが、皆さん自身の時間であり、かけがえのない経験です。無駄な時間は、一つとしてありません。そして、本日をもって、皆さんは「学生」に一つの区切りをつけることになりました。
ただ、それは何かの完成を意味するものではありません。だからこそ、これからの社会において求められるのは、「正解を知っていること」よりも、状況に応じて考え続ける力です。どうか、不完全であることを恐れないでください。十分な自信がなくとも、前に進んで良いのです。準備が整っていなくとも、歩み始めて良いのです。迷うということを恐れる必要はないのです。なぜならそれは、考えている証でもあるからです。速さではなく、納得を。与えられた正解よりも、自ら選択した道を、大切にしてください。
ここで、もう一つ、皆さんにお伝えしたいことがあります。たとえば、授業中に隣の人がこうつぶやいたとします。「この問題には、どこか不自然なところがある気がする。しかし、このまま何も言わなくてもよいのでは。」多くの方は、「それは指摘すべきではないか」と感じるでしょう。しかし、現実の社会においては、「おかしい」と感じながらも、それを言葉にしない場面が少なくありません。そして、問題が表面化した後になって、しばしばこう語られます。「実は、気づいていた人がいた」と。
なぜ、その時に言葉にできなかったのでしょうか。それは、決して無関心だから、また自分の得にはならないからという打算だけではありません。むしろ、周囲への配慮や、ためらい、あるいは自らの判断への迷いによる場合も多いのです。
しかし、社会において真に注意すべきは、失敗そのものではなく、疑問が共有されない状態です。誰も違和感を言葉にしないとき、組織や社会は、静かに、しかし確実に、衰退していく、あるいは誤った方向へ進むことがあります。ここで大切なのは、「批判」と「非難」とを区別することです。非難は人を対象とし、ときとして傷つけます。しかし批判は、物事を対象とし、それをより良くするための営みです。
どうか皆さんには、違和感を大切にし、それをうまく表現して建設的に伝えることのできる人であってほしいと思います。それが、自らを成長させるだけでなく、周囲や社会をより良い方向へ導く力になるはずだからです。また、これと同様に、自分に対する批判、つまり自分にとって耳の痛い指摘を受ける機会は、学生でなくなることによって、今後極端に少なくなるはずです。あなたに向けられた批判はあなたの成長のためであってそれを指摘する人には何の得にもならないからです。だからこそ、利害や打算抜きでそのような言葉を真摯に伝えてくれる存在を、大切にしてください。それは、皆さんにとって非常に貴重な関係となるはずだからです。
最後に。皆さんがここまで歩んできた時間は、紛れもなく、皆さん自身のものです。どれほど社会が変化しようとも、その事実が失われることはありません。今日という日を一つの終わりではなく、新たな出発点として、それぞれの道へ進んでいってください。皆さんのこれからを信じ、期待しています。本日は、誠におめでとうございます。
