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感染症の流行を数学で予想しよう-ワクチン接種は有効か?

青山学院大学<br>理工学部物理・数理学科客員教授<br>  竹内 康博 [TAKEUCHI, Yasuhiro]

青山学院大学
理工学部物理・数理学科客員教授
 竹内 康博 [TAKEUCHI, Yasuhiro]

感染症の流行を数学で予想しよう-ワクチン接種は有効か?

第2回 2020/7/4(土)

青山学院大学 理工学部物理・数理学科客員教授  竹内 康博  [TAKEUCHI, Yasuhiro]

 人類と感染症の戦いは長い。18 世紀の終わりには、ジェンナーによって種痘ワクチンが開発され、以来、感染症による死亡者は激減した。 ワクチンとは弱毒化、または毒性を失くした病原菌を投与し、あらかじめ病原菌に対する免疫をもたせる方法である。病原菌が体内に侵入してきたときには、すみやかに免疫系が病原菌を除去し感染を防ぐことができる。さらに、多くの個体にワクチン接種することで、感染可能人口を減少させ、集団としても感染症の侵入に対して抵抗力(集団免疫)を持つようになる。ワクチン政策は感染症を制圧するための重要な手段の一つと考えられている。1940 年の抗生物質ペニシリンの誕生、1980 年の世界保健機関(WHO)による天然痘根絶宣言など医療技術・科学技術の進歩によって人類は感染症を制圧してきたかのように思われた。しかし、エイズ・エボラ出血熱・SARS・鳥インフルエンザ・ウエストナイル熱、COVID-19などの 新興感染症・再興感染症の出現によって今なお人類と感染症の闘いは続いている。
 数理モデルを用いた感染症研究の歴史は、20 世紀前半にまでさかのぼる。W. O. Kermack と A. G. McKendrick によって感染症の流行過程を表す数理モデルが提案され、現在では Kermack-McKendrick モデルと呼ばれるほど有名である。このモデルは、未感染者の個体群と感染者の個体群の相互作用により個体群サイズ変動のダイナミクスを微分方程式で記述している。Kermack-McKendrick モデル を皮切りに、感染症数理モデルは数学的・理論的に広く研究されるようになった。
 本講義では、2005 年 9 月中国で実施された家禽の鳥インフルエンザウイルスに対するワクチン接種政策を例に、数理モデルを構築する。解析の結果、ワクチン政策がワクチン抵抗性ウイルス感染個体の流行を促進することがわかった。これは、ワクチン政策の実施にもかかわらず、その後、中国の家禽の間で以前未確認であった鳥インフルエンザの流行が確認されたことに対応している。さらに、大変興味深いことに、家禽へのワクチン接種率を上げることが、総感染個体数を増加させうることを発見した。つまり、感染個体数を減少させるための家禽に対するワクチン政策が、感染個体数の増加を引き起こしている。また、今回提案する数理モデルは家禽に対するワクチン政策に止まらず、インフルエンザ・結核・麻疹など様々な人に対する感染症のワクチン・薬剤政策も説明できるという点に注意すべきである。このパラドキシカルな結果は、現在のワクチンによる感染症の制圧政策における盲点を指摘することを意味している。数理モデル、数理解析を通して「ワクチン政策のパラドックス」について詳しく調べていくことが本講義の目的である。

プロフィール

青山学院大学 理工学部物理・数理学科客員教授
竹内 康博 [TAKEUCHI, Yasuhiro]


1951年静岡県沼津市で誕生
1979年京都大学大学院工学研究科博士課程(数理工学専攻)修了し工学博士の学位取得
2012年3月まで静岡大学勤務
2012年4月―2020年3月青山学院大学理工学部勤務、現在同客員教授
生物学や医学における諸問題を、簡単な数学モデルを構築し、その性質を解明することにより、問題解明する研究を続けている。