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都市と芸術

青山学院大学 副学長 篠原 進

青山学院大学 副学長
篠原 進 [Susumu Shinohara]

都市空間と西鶴――白鳥と黒鳥

第4回 2017/12/9(土)

「バブルの崩壊があって、それから神戸の地震があって、3・11があって、原発の問題があった。それらの試練を通して、僕は、日本がもっと洗練された国家になっていくんだろうと思っていたわけ。でも今は明らかにそれと正反対の方向に行ってしまっている。それが、僕が危機感を持つようになった理由だし、それはなんとかしなくちゃいけないと思う」(川上未映子/村上春樹『みみずくは黄昏に飛びたつ』新潮社・2017・4)。

どこよりも早く流行を取り入れ、めまぐるしく姿を変えながらも、落ち着きを失わない大人の街、渋谷、青山。田中康夫『なんとなく、クリスタル』(1980)の舞台ともなったこの街に40余年通いながら、考えていたのは都市というふしぎな空間のことです。

都市と人間という、古くて新しい問題。1609年、日本に漂着したスペイン人のロドリゴ・デ・ビベロは京都の人口を「80万人以上」とした上で、「世界にこの町ほど大きい町はない」(『日本見聞録』)と書いています。ちなみに京都の人口は延宝2年(1674)当時410,375人(『家乗』)とされていますので水増し気味ですが、当時の京都が世界有数の大都市だったことは間違いありません。

「(昔の京都は)九万八千軒。今は民家つづきて二十万八千軒」(『嵐無常物語』)、それゆえ「土手の竹藪も洛中」になったとその膨張ぶりを記した西鶴は、雨後の竹の子のように蔟出(そうしゅつ)した都市ならではの生業(なりわい)に注目しています(『本朝二十不孝』1687)。もちろん、この「生業」は若きコンテスタントたちがひたすら目指した「(プロのピアニストという)業(ごう)、生きている業」(恩田陸『蜜蜂と遠雷』)とは違いますし、むしろ対極にあります。親の命を抵当に金を貸す「死(しに)一倍」という制度、その仲介をする生業、金を借りた大尽に群がる取り巻き。急速な都市化が生んだそれらが生み出す新しい型の犯罪。白鳥を魅力的にする黒鳥(ブラック・スワン)。都市が刺激的なのは、そうした危険と背中合わせだからでもあるのです。

落語でも有名な大岡裁き、「三方一両損」。西鶴はそのネタをアレンジして、新しい都市小説を作りました。私のゼミ生たちが作った「西鶴絵本」。そこに収録された話を出来るだけたくさん紹介しながら、西鶴と都市空間の問題を考えてみたいと思います。

「プロのピアニストとして食べている人間はほんの一握り(中略)クラシック音楽というと、とにかく優雅で高尚で、というイメージだったが、内実はまったく異なる。それこそ親が裕福でもない限り楽器を続けることすらむつかしい」。
お腹を満たすわけでもない、あとに残るわけでもない。そんなものに人生をかけるとは、業としか言いようがないではないか。」 (恩田陸『蜜蜂と遠雷』幻冬舎)。

プロフィール

青山学院大学 副学長
篠原 進 [Susumu Shinohara]

青山学院大学副学長、文学部日本文学科教授。
1949年生、青山学院大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程単位取得済退学。文学修士。
1986年 青山学院大学文学部日本文学科に就任。文学部日本文学科主任、図書館長、青山スタンダード教育機構副機構長を歴任。
2015年12月 副学長に就任、現在に至る。
日本近世文学会、全国大学国語国文学会、日本文学協会等に所属。

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